マーケティング戦略

「野村AI景況感指数」のスゴ腕[後編]~ AIが目をこらせば景気の深層が見えてくる?

記事内容の要約

  • 人工知能(AI)による景況感の指数化は、景気動向の予測に役立つ客観的な示唆を提供
  • AIによるデータ分析だけでは、関係者の意図など「人の思惑」は読み切れない
  • それでも、多彩かつ大量なデータを取り込んで学習を続けることで、AIの可能性はますます広がると野村證券は考える
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この記事の前編を読む

野村證券では、経済状況に関するレポートから景況感を分析・指数化するAIモデル「野村人工知能モデル」をつくりあげ、そのモデルを用いて日本政府や日本銀行(以下、日銀)の景況感を指数化した「野村AI景況感指数」を提供している。この指数は、政府・日銀の政策動向を予測するうえで有効なデータとして注目を集めているが、一方で、AIの分析には限界もあるという。それはどういうことなのか。野村人工知能モデルの開発を主導したキーパーソンに解説してもらおう。

AIを使う利点はどこにあるのか

「当店の売り上げは一向にあがらないが、商店街の、特に飲食店では来店客が少し増えているようである」

野村人工知能モデルは、このような複雑で回りくどい一文から、「景気はやや良くなっている」との景気判断を割り出し、かつ「良くなっている」の感覚値を数値化できる。また、前編でも触れたとおり、この人工知能モデルは、内閣府が公表する約20万件という「景気ウォッチャー調査」のぼう大なアンケートデータなどを用いて機械学習を繰り返した結果、文章から書き手の景況判断を判定する精度が95%近くに達しているという。

内閣府「景気ウォッチャー調査」の一例
「景気ウォッチャー調査」は、さまざまな業種にかかわる人々が、景気に関する所感を述べた文章が特徴的だ。

「このように人の能力を超えたビッグデータ分析が可能になるのが、AIを使う利点です」と、野村人工知能モデルの開発で中心的な役割を担った山本裕樹氏(金融工学研究センター シニアクオンツアナリスト)は語る。

客観的なデータが与える示唆の価値

このようなAIによる分析結果には、属人的な主観や思い込みによるバイアスがかかっていない。そのため、人による分析よりも理論的な正確性は高くなる。

実際「野村AI景況感指数(日銀版)」は、市場の予測を裏切った、日本銀行の2つの政策──2014年10月31日における追加金融緩和と、2015年10月30日の追加金融緩和の先送り──を予測していた。

「人の見方には少なからず主観や思い込みが入り込み、結果として、日銀や政府の出しているシグナルを見落としてしまうことがあるのです。対するAIには主観も思い込みもないので、そのアウトップットは純粋に客観的なデータとして、有効な示唆になりうるのです」と、野村AI景況感指数のプロジェクトを主導する水門善之氏(金融経済研究所 経済調査部エコノミスト)は説く。

AIの限界と人との関係

とはいえ、もちろん、AIのアウトプットですべてが予想できるわけではない。

たとえば、野村AI景況感指数(日銀版)を見ただけでは、2016年1月の日銀のマイナス金利導入を予測するのは難しかった。というのも、この景況感指数からは、日銀が景況感を悪化させている兆候が見られなかったからだ。

「それでも日銀がマイナス金利政策の導入に打って出たのは、市場の国債を大量に買い込むという緩和策の物理的な限界が迫っていることから、金利を軸にした政策へ転換したいという日銀執行部側の政策的な意図があったと目されています。このように特殊な意図を持った政策を、現段階でのAIが予測するのは難しいといえそうです」(水門氏)

また同様に、安倍政権の政策的な意図に基づいて決定された2016年6月の消費増税の先送りも、AIは予測できなかった。分析のもととなる内閣府の「月例経済報告書」などには、リーマンショックや東日本大震災の発生後に見られたような、景況感の大幅な悪化を認める記述は存在しなかったからである。

AIの限界はどこにあるか

現実の政策決定にはさまざまなファクターが絡まり合い、意思決定権を持つ人の性格・特質によっても、政策の内容は変わってくる。

山本氏はこう語る。

「AIの技術は確かに劇的な発展を遂げていますが、それは人が工夫して設計しているからこその成果で、複雑なしくみづくりはすべて人力でやっています。現状のレベルのAIに、たとえば、マイナス金利にどう対応すべきかといった意思決定を委ねようとするのは無理があります」

また、水門氏が続けた。

「経済の動きを予想するのはあくまでも人の仕事で、今日のAIが担えるような仕事ではありません。野村AI景況感指針にしても、人の判断をサポートするデータという位置づけです。そのデータをどう使うか、どう生かすかは人に委ねられるということです」


左:野村證券株式会社 金融経済研究所 経済調査部エコノミスト 水門善之氏
右:野村證券株式会社 金融工学研究センター シニアクオンツアナリスト 山本裕樹氏

どうする? どうなる? これからのAI活用

それでも、金融業界のAI活用は活発化している。

「分析や予測の領域でAIが使われるケースはまだ少ないものの、AIに景気判断や株式取引・金融取引を人よりも正確かつ、スピーディーに行わせようとする動きはこれからも多く見られるでしょう。ただし、その活用が進むことで、市場の多様性や安定性が失われる懸念もあります」と山本氏は話す。それは、具体的にはどのようなことなのか。

「一般の株式投資家は、単純にもうけだけを目的に株を買っているわけではなく、背後にはさまざまな想いや目的があり、それが取引の多様性や市場の安定、資金の最適な配分を支えてきたといえます。ところが、AIによる取引が一般化すれば、すべてが利ザヤ取りのスピード勝負になり、市場が社会の発展に寄与しなくなるおそれがあります。ですから、AIによる取引がどれほどの多様性を出せるかが今後の課題になるはずです」

もちろん、山本氏や水門氏もAIの将来には大きく期待しており、野村人工知能モデルについても分析の幅をさらに広げる計画だ。

「たとえば、eコマースサイトでの消費者のレビューやソーシャルメディア上でのつぶやき、株式情報サイトにおける利用者の発言などのデータを収集し、AIに読み込ませれば、これまでの野村AI景況感指数とはまた異なる角度の景気・経済分析が可能になると考えています」(山本氏)

ビッグデータとAIで、景気と経済の動きを正確にとらえ、一歩先を読むためのデータと示唆を提供する──。野村人工知能モデルの取り組みはこれからも続く。

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プロフィール

野村證券株式会社 金融経済研究所 経済調査部エコノミスト 水門 善之氏

2007年東京大学大学院修士課程修了後、野村證券入社。同社金融経済研究所金融工学研究センターにて、債券クオンツアナリストとして、日本国債および金利デリバティブの市場分析に従事。2013年米国ミシガン大学経営大学院修了後、金融経済研究所経済調査部に所属。現在、エコノミストとして日本経済のマクロ経済分析を担当。

野村證券株式会社 金融工学研究センター シニアクオンツアナリスト 山本 裕樹氏

2006年京都大学を卒業、物理学修士。同年に野村證券金融工学研究センターに入社。2010年には事業ポートフォリオに関する研究で証券アナリストジャーナル賞を受賞するなど、一貫して金融分野での定量分析に従事している。 2014年から社会人ドクターとして東京大学の松尾豊准教授の元でディープラーニングを学び、金融とAIに関する研究に取り組んでいる。

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