マーケティング戦略

データは人を幸せにするのか? 生活者研究が見いだすマイビッグデータの可能性

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スマートフォンでわかる位置情報、ウエアラブルデバイスで取得できるライフログ、遺伝子検査でわかるDNA情報――進化を止めないテクノロジーによって得られる“自分自身”のデータは、これからもますます増加していくとみられている。博報堂生活総合研究所の研究員であり、『自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃』(星海社刊)の著者である酒井崇匡氏に、“自分ごと化したビッグデータ”とのつき合い方について、寄稿いただいた。

いまだ開拓されていない、自分自身のデータ

1981年に設立された博報堂生活総合研究所は、生活者のライフスタイル研究に特化した研究機関です。私も日夜、生活者の意識や価値観の変化について研究を続けています。

このコラムをご覧の皆さまの中には、デジタルマーケティングに携わられている方も多いのではないでしょうか。ご存じの通り、アクセスログやSNS投稿、あるいは購買履歴などの膨大なビッグデータの解析は、企業の顧客獲得、ひいては売り上げや利益の拡大にとって必要不可欠な存在になりつつあります。

マーケティングに活用されるビッグデータの多くは生活者の行動に基づくもので、企業はそれを解析することで利益を生み出しているわけですが、その一方、データを生活者自身の日々の暮らしに直接生かすという領域は、まだまだ未開拓です。

しかし、ウエアラブル端末や遺伝子検査などデバイスや解析技術の発展は、疲労やストレスの度合いや病気リスク、無意識的な自分の好みに至るまで、これまで明かされなかった「自分のデータ」を可視化しつつあります。

今後、飛躍的な拡大が見込まれるそのような自分自身の情報、「マイビッグデータ」は、人々の生活を豊かに、幸せにするのでしょうか?

体調や感情にまで及ぶ、マイビッグデータ解析

自分自身の情報であるマイビッグデータには、各種のセンサーから習得される、さまざまな種類のデータが含まれます。遺伝子情報もそうですし、スマートフォンやウエアラブル端末などに搭載されているセンサーから取得されるデータは、位置情報や加速度(運動データ)以外にも、脈拍数、血中の成分量、皮膚温、発汗量、まばたきや視線、表情など多岐にわたっています。

それらの解析により、ユーザーに提示される情報は、「活動面」「体調面」、「感情面」の3カテゴリーに大きく分けることができます。

上記をあらわす図

ウエアラブル端末や各種デバイスのセンサーから取得できるデータは、主に3つのカテゴリーに分けて考えることができる

「活動面」の情報とは、いつ、どこで、どんな行動をしていたか、に関する情報です。場所と時間、運動の量や種類(走っているのか、乗り物に乗っているのかなど)といったいわゆる行動ログと、それに付随して消費カロリーも求めることができます。

活動の結果として推計されるのが、「体調面」の情報です。睡眠時間や睡眠の質、疲労度、姿勢の良さなどがこれに当たります。

そして「感情面」の情報とは、脈拍や発汗量、筋肉や表情の状態から推計される、リラックス度やストレス度、緊張度や眠気、目に入ったものの興味関心度などです。

ウエアラブル端末と聞いてすぐ思い浮かぶ腕時計型のデバイスは、基本的には活動面や体調面の情報をユーザーに提示するものでしたが、最近は感情面を解析するものも出てきました。その中でも、眠気や集中度などを解析する眼鏡型ウエアラブルのJINS MEME(*1)はかなり感情面に比重を置いたデバイスです。

データは、データでしかない

このようにマイビッグデータは、取得可能なデータの種類と量は広がりつつあるものの、それを生活者の生活の中でどう活用してもらうかという点については、実はまだまだ未発達な部分が多くあります。

私も日々、さまざまなウエアラブル端末を利用して、自分のデータを収集しているものの、消費カロリーであれ、睡眠時間であれ、集中度であれ、取得データは、そのままではただのデータでしかありません。データはそのまま提示されても意味がなく、何らかの解釈や診断が必要です。

たとえば、私は長期間にわたって睡眠のデータを蓄積しているのですが、毎日の睡眠時間をデータで確認したとしても、昨日、何時間くらい寝たかは自分が一番わかっているので、そこに発見は何もありません。

数カ月間のデータをためた上で、平均に比べて今月の睡眠が長かったのか・短かったのか、眠りが浅かったのか・深かったのかを解析してみてはじめて、「自分ではそう感じてなかったけれど、実は今月はかなり眠りが浅かったようだ。ストレスがたまっているのかもしれない」という気付きを得ることができます。

5か月分の睡眠データの推移

著者の睡眠データより。5カ月分の睡眠データを「浅い眠り」と「深い眠り」で表している。ほかの月に比べて5月は深い睡眠ができていないことがわかる
出典:PULSENSE計測値から著者算出

「気付き」をどこまで提示できるか?

マイビッグデータを人々の生活に役立てようとした際に最も重要なのは、その人が認識していなかった自分のカラダやココロの状態に対する「気付き」をどれだけ提示できるか、にかかっているといえるでしょう。

気付きにもさまざまな種類があります。たとえば、運動量や消費カロリーについて1日の目標値をクリアしたかどうか、というような達成度合いを可視化したことによる「成果への気付き」。これは今、多くのウエアラブル端末で実現されています。

一方で、データから本人が認識できていない問題を指摘するような「課題への気付き」を提示できているデバイスやサービスは、あまりありません。しかし、課題が生まれるということは、それを解決する商品やサービスをリコメンドする機会が新たに生まれることでもあるため、ビジネスとしての広がりがあるのは、むしろこの分野だと考えられます。

実際に、ストレス度を脈波から解析するCOCOLOLOというアプリは、ストレス度が高く診断された際にはそれに応じた音楽や本を勧めたり、エステなどのクーポンを発行したりする、というサービスを実際にはじめています。また、ドイツのReformhausという自然食品店では店頭に血中の抗酸化ビタミン量を計測できるデバイスを設置し、計測結果に応じて食材を提案するサービスを行っています。

cocololoのイメージ

スマートフォンアプリ「COCOLOLO」では、搭載カメラに指をあてることで心拍数をはかり(左)、今のキモチを「ストレス度」と「リラックス度」で表してくれるほか(中)、数値をもとに「今のキモチにあったMUSIC」としてお勧めの3曲を提示してくれる(右)

マイビッグデータの蓄積と解析が進めば、成果や課題だけでなく、その人の隠れた「傾向への気付き」も提示できるまでになりそうですが、そのレベルに到達しているものはまだほとんどない、というのが実情です。

いずれにしても、生涯未婚率や単独世帯比率が今後も増加傾向を続けると予測されており、自分で自分をケアし、メンテナンスする必要は健康面、メンタル面ともに高まってきています。そのような社会環境の中で、マイビッグデータの解析とそこから生まれる気づきは、多くの人々の生活を支える基盤として、今後、さらにニーズが高まっていくはずです。

注釈:
(*1)JINS MEME(外部サイト)

著者プロフィール

酒井 崇匡氏

博報堂生活総合研究所 上席研究員。2005年博報堂入社。マーケティングプランナーとして、教育、通信、外食、自動車、エンターテインメントなど諸分野でのブランディング、商品開発、コミュニケーションプランニングに従事。2008年より博報堂教育コミュニケーション推進室に参加。2012年より現職。著書に『自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃』(2015年/星海社)がある。

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