マーケティング事例

データが支えるチームの伝統―鹿島アントラーズのマーケティング力

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鹿島アントラーズ(以下、アントラーズ)は、茨城県東南部の鹿嶋市、潮来市、神栖市、行方市、鉾田市をホームタウンとするプロサッカークラブだ。リーグ優勝7回、天皇杯優勝4回をはじめ、さまざまなタイトルを獲得し続けるこのクラブは、熱烈なファン/サポーターに支えられ、ファミリーとして強い一体感を持つことでも知られている。そのアントラーズが、マーケティングの切り札として向かい合っているのが「データ」だというと、少し意外だろうか。

生き残るための「勝利」

ジーコをはじめとするスーパースターや数多くの日本代表選手が活躍してきたアントラーズ。Jリーグ創設以来、23年にわたって強豪であり続けるこのクラブが、生まれながらにして “ウイークポイント”を抱えていることは、あまり知られていない。クラブの広報グループ長を務める春日洋平氏は、地図上でホームスタジアムの位置を指さしながら話しはじめた。

「Jリーグの各クラブはホームタウン制度(※1) のもと、地域と密着して活動しています。ホームスタジアム周辺がコアマーケットになるのですが、われわれはその規模がとても小さい。たとえば、スタジアムの周辺30km圏内で比較してみると、都市圏のクラブには2,000万人以上が住んでいるところもあるのと比べ、われわれの場合はわずか78万人です。半分が海で、もう半分は日本有数の水郷地帯ですから仕方ないことなのですが…」

しかし、アントラーズは、そのウイークポイントを逆手にとるようにしてJクラブとしては異例の広域から顧客を集め、成長を続けている。

「お客さまのなかには、都心から片道2時間以上もかけて観戦に来られる方も多くいらっしゃいます。そんな方々に満足していただき、繰り返しスタジアムに来ていただくにはどうしたらいいのか。われわれは最高の観戦環境を提供するとともに、チームの『勝利』こそが、もっとも大切だと考えています。勝つ喜びをお客さまに提供できて初めてスタジアムに足を運んでいただける。われわれがこの場所で生き残るための唯一の手段は、勝つことだと考えています」

春日氏は、この「ひたすら勝利を追い求める姿勢」を、「選手はもちろん、社長から営業、広報、クラブハウスの清掃スタッフに至るまで、アントラーズに関わる者すべてが共有している」と話す。この“一体感”を称して「アントラーズはファミリーのごとき結束力を持つ」と表現することもまた、Jリーグファンの間ではよく知られた話である。 

データに表れたファンの性質

地元だけでなく遠方から訪れる顧客も重視しなければならないアントラーズは、当然ながらそれに合わせたマーケティングの戦略をとっているのだが、話を進める前にサッカークラブと顧客の関係を整理しておきたい。

Jリーグでは顧客を、「興味層(ポテンシャルファン)」「ファン」「サポーター」の三つのセグメントに分けて考えるのが一般的だ(図1)。サッカークラブのマーケティングは、いかに「興味層」を引きつけて「ファン」にし、「ファン」を「サポーター」に育成していくかが基本となる。そんななか、アントラーズがまず重点的に取り組んだのが、ファンとサポーター、つまり既存顧客の分析だ。

図1. サポーター、ファン、興味層の定義

「現在、われわれの『ファン』は、ファンクラブ会員数やSNSのフォロワー数などから考えて、少なくとも15万人はいると考えています。そのなかでも、平日・ナイター・荒天といった悪条件でもスタジアムで応援してくれる『サポーター』は、およそ6,000人。ではそんなファンやサポーターはどんな人たちなのか? それをはっきりさせてみようということになりました」

そこで活用したのが、ニールセンスポーツ社(旧レピュコムジャパン)が提供するデータ分析ソリューション「FAN DNA」だ。


提供:鹿島アントラーズ
スポーツファンに特化したグローバルセグメンテーション。スポーツに対するこれまでの関わりやスポーツへの態度15の質問によってファンを7パターンに分類し、マーケティングへ活かすことを目的として開発されたツール
※上記データは、2015年8月にファンクラブ会員を対象としたオンラインアンケートから

「ファンクラブ会員を対象にオンライン調査を実施した結果、アントラーズのサポーターの方々は共通して、クラブに対して親近感や憧れといったポジティブなイメージを抱いていることがわかりました。さらにいうと、われわれをスポンサードしている企業やブランドに対しても極めて肯定的なイメージを持っています。つまり、事業的観点から見て“アントラーズは非常に上質なお客さまを抱えている”ということがいえるかと思います」

「アントラーズファミリーの一体感」はクラブ内だけでなく、ファン/サポーター、そしてスポンサーをも巻き込んで広く浸透している。データに基づくこの事実は、クラブの公式SNSにも顕著な数字として表れている。

エンゲージメント率を最重要視

「アントラーズは2015年の2月から、FacebookとTwitterの公式アカウントを開設し本格的な活用をはじめたのですが、Facebookのエンゲージメント率は平均7%をキープしています。これは、おそらくJリーグ全クラブのなかでもきわめて高い数値ではないかと思います」

この高いエンゲージメント率はマネタイズにもつながっている。現段階では、アントラーズの公式SNSは公式サイトへの送客を最大の目的としているのだが、高いエンゲージメント率を背景に、2015年度の公式サイトの訪問者数が前年比で約130%にまで増加。その結果、公式サイト内のオンラインショップの売り上げが大幅に伸び、前年比約1.5倍の売り上げを記録したという。

「SNS経由で公式サイトを訪れた人のなかには、新たにファンになった人も多いのでしょう。人気選手のユニフォームや背番号入りのタオルマフラー、スマートフォンケースなどがよく売れています」

春日氏は、このエンゲージメント率の高さこそがマーケティングの重要なポイントだと捉えている。

「SNS広告を使えば、TwitterやFacebookのフォロワーを増やすことは容易だと思います。しかし、われわれとしては丁寧なコミュニケーションを通じて、上質なファンを増やしていくことに注力したい。それが、結果的にはクラブを支える“サポーター”を増やすことにもつながるのではないかと考えています」

ニールセンスポーツ社(旧レピュコムジャパン)の別の調査では「国内におけるアントラーズの潜在顧客は178万人存在する」という推測結果が出ている。多くの興味層を、どうやってファンに変えるか。「勝ち続けること」を基軸にしながら、ファン・サポーターと共感や信頼を共有できるSNS投稿を続けていきたいと話す。


提供:鹿島アントラーズ
心労から一時休養した石井監督の復帰を告げる投稿。コメント数297、シェア数533、いいね!数7,795とファン・サポーターからの暖かいコメントが驚くほど多く集まった。また、本投稿のエンゲージメント率は7%、リーチ数は436,189と、いずれも高い値となっている ※9月27日現在

「地域データ」が示すファンのライフスタイル

ファン/サポーターの姿を明らかにするために、アントラーズは新日鉄住金ソリューションズ社、エクスペリアンジャパン社の分析ツールの「MOSAIC(モザイク)」も活用している。


提供:鹿島アントラーズ
居住地情報によって消費者をセグメント化するためのデータソリューション。国勢調査などの地域データと、消費者購買行動データなどを組み合わせることで国内の地域を12のセグメントに分け、それぞれに存在するライフスタイルや購買行動の特徴を明らかにし、マーケティングに生かそうというもの

「冒頭にお話した通り、われわれのコアマーケットは極端に小さく、スタジアム来場者の約半数は首都圏など、茨城県外のお客さまが占めています。他のJクラブに比べて広いエリアから集客しているわれわれにとって、限られた予算の中で効果的なアプローチを試みるためには、顧客属性の把握はとても重要です。そこでこのMOSAICのデータを、FAN DNAと組み合わせ、地域ごとのファン/サポーターの特性分析を進めています」

ファンのペルソナと地域データを組み合わせることで、どんなことができるのか。一つの事例を紹介していただいた。

「FAN DNAとMOSAICの分析結果を掛け合わせたところ、われわれのファンクラブ会員の15%が“スポンサーに好意的な富裕層”と定義することができました。これは全国平均の0.5%の30倍に相当します。さらに、該当する顧客の多くが副都心在住で、自家用車での観戦頻度が高いことも分かりました。“自家用車での来場率が高く、購買力があり、クラブスポンサーに好意的である”。このような顧客像が見えてくると、例えば高級車メーカーに対してスポンサーセールスを仕掛けるうえで説得力のある提案ができるでしょう」

モザイクの活用シーン

狭い商圏というウイークポイントがありながら、長く強豪であり続けているアントラーズ。目標は、選手、スタッフからファン/サポーターまでで構成する「ファミリー」の規模を広げていくことだ。

「現状の目標は、178万人のファンベースを構築することです。今はまだ夢のまた夢の数字ですが、地道にPDCAを回していけば必ず、実現できる。そう確信しています」

アントラーズがJリーグ創設より行ってきたウェブ、データを使ってのファン施策

Jリーグは現在、これまで各クラブがそれぞれ進めてきたデータ収集、分析のためのフォーマットを共通化し、Jリーグ全体で生かすための仕組みづくりを進めている。アントラーズはそこに積極的に関わる姿勢を示しているが、データ活用を基軸とした戦略的な取り組みは、地方を地盤とする他のクラブのみならず、Jリーグ全体に影響を与えるだろう。データという武器を活用することで、アントラーズは「鹿島」という地の強みをさらに研ぎ澄ませていくに違いない。

注釈:
(*1)Jリーグでは各クラブチームは特定の地域に根ざして活動している

プロフィール

株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー 事業部 広報グループ長 春日 洋平氏

1978年1月6日、兵庫県生まれ。1988年に英国・イングランド北西部チェスターへ家族で移住し、同国で23年を過ごす。2001年に日刊スポーツ新聞社と契約し、プレミアリーグや欧州チャンピオンズリーグを中心に英国通信員として活動する。2004年にコンサルティング会社を設立し、日本のフットボールクラブや企業との関係を構築する。2011年、株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シーへの入社を機に本帰国し、2015年から同社広報グループを統括する

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