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バーチャルリアリティ(VR)コンテンツの方向性――急騰するVR市場を追う(3)

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メディア研究者のマクルーハンは、かつて著書『グーテンベルクの銀河系』で「テレビは触覚的である」といった。テレビなどの2次元スクリーンの映像体験には、テキストや文脈を追うようなコンテンツ理解が必要である。その理解を「触る」、つまり「触覚的」であると表現したのだ。であれば、今まで見ていた映像のなかに入り、手を動かしたり、視線を動かすことのできるVRは、映像の触覚性をさらに開拓するのだろうか。

人気ゲームクリエイターであり、Oculusの制作部門ヘッドのJason Rubin氏は、こう語る。「VRはパラダイムシフト。映画もゲーム業界も、まだVRコンテンツの文法を確立できていない」(2016年3月24日 Fortune(*1))つまり、コンテンツクリエイターもVRの未来は、現在の延長線上にはないことを自覚している。

確かに、VRコンテンツには主にゲームと360度動画があるが、その1つ「360度動画」は、通常とはまったく異なる映像体験をもたらす。

VR視聴機器を顔に装着し、ロックコンサートのステージ上で撮影された360度動画は、見るときに首を振れば、自分の横で演奏している様子が見えるし、後ろを振り向けばドラム奏者が演奏をしている。上を見ればステージの幕や天井が見え、下を向けば楽器のコードが延びているが床が見える。

他にもアフリカの大自然で撮影された映像では、右を向いてオアシスの風景をしばらく見ているうちに、後ろを振り向くと、ライオンが近づいて来る。つまりVRは、送り手が見せたいものを受け手が見せられるのではなく、受け手が主体的に見たいものを選択するコンテンツである。

右の風景を10秒見ていたら、左の風景も10秒進んでいる。つまり、現実と同じライブ感覚である。むかしテレビ界の大先輩に「テレビは時間である」といわれた。ライブこそがテレビの神髄であるという意味だろうか。

テレビはレンズがとらえたものが画面に映し出されるが、それと同様、VRも360度円形に並べたレンズが捉える被写体がそのまま映像として流される。視聴者に時間の推移を感じさせる編集が要らないという意味では、VRはテレビの拡張版ともいえるだろうか。ともかく、カットをいくつもつなげる通常の映像作品とは違う文法で構築される。

360度映像制作の担い手たち

360度映像のプロバイダーは、テレビや映画業界の出身者が多い。VR業界の代表的なスタートアップJaunt(*2)は、ディズニーや英国衛星放送のSky、ドイツのメディア大手Axel Springer、それにポール・マッカートニー卿などから1億ドルの出資を得た。同社は録画機メーカーTivo(*3)にいたArthur van Hoff氏が創業、NBCや出版大手Hearstの幹部を務めたGeorge Kliavkoff氏をCEOに招へいする。

MWC2016で行われていたVRのセッション

今年の2月にバルセロナで開催されたMWC(Mobile World Congress)のセッションで、Hoff氏は「Jauntは『Cinematic VR』を標榜し、クオリティーの高いVR作品をつくっていく」と語っていた。

また、NYタイムズ紙に360度動画のドキュメンタリーを発表したWithin(*4)は、映画監督のChris Milk氏が創業した制作プロダクションである。彼は、CES2016のYouTubeの講演にゲストとして登壇していた。

CES2016のYouTube基調講演に登場したChris Milk(クリス・ミルク)氏

シリアの難民を追いかけた彼らの作品「The Displaced」は、今年、世界的な広告イベントであるカンヌライオンズでグランプリを獲得し、エボラ出血熱についての国連とのプロジェクト作品「Waves of Grace」(*5)はエミー賞にノミネートされている。他にも、ロックバンドU2のライブをVR撮影し、発表している。

また、スポーツの世界でも360度動画の試みがはじまっている。米国の大手テレビ局であるFoxは、自社やソフトバンクが出資するNext VR(*6)の技術を使って、全米オープンゴルフのVRライブ中継をしている。360度映像は、複数のレンズで撮影した動画ファイルをつなぐ作業に時間がかかるため、ライブ配信は難しかった。家庭のテレビはVR視聴機器のように上下左右に動かすことはできないため、この画期的なVRライブ中継はインターネット配信限定であった。

VRゲーム発展のポイント

さて、次にVRゲームの動向を紹介しよう。今年6月にロサンゼルスで行われたゲームの祭典E3(Electronic Entertainment Expo)では、VRコンテンツもスタートレック、スパイダーマンといった人気映画タイトルのVR版や、人気ゲームのVR版のリリースが大きなニュースになった。Oculusは2016年中に100タイトルをリリースするという。

新たなメディアが勃興する黎明期はいつの時代も同じように、知名度のある過去の人気タイトルのリリースが続く。しかし、今後はより新しいゲーム体験が求められる。それは誰が担うのだろうか?

上述したOculusのRubin氏は「モバイルのソーシャルゲーム市場が拡大した時と同じく、VRゲームは独立系のゲーム制作者にとってチャンスである」と語っている。実際、今年2月のMWCで、カナダのVRゲーム制作スタジオCampfire Union(*7)のLesley Klassen氏(写真)は「VRは新たな市場なので小さな会社にもチャンス」といっていた。

Campfire Union CEO Lesley Klassen(レスリー・クラッセン)氏

彼は「これからのVRゲームには、当然のようにソーシャル機能が重要となるだろう」と指摘する。ゲームコンソールからスマホのソーシャルゲームと進化してきたゲームは、過去の機能の積み重ねの上で、今後も発展していく。

VRコンテンツ市場の発展

VRは、スクリーンのどの場所を見ているか視線データを収集できるため、コンテンツ自体を売るだけでなく、視聴行動データを売るのもビジネスになる。とあるアジアの国では、このデータを利用して、観光地のVRコンテンツのどの場所やモノに興味をひかれたかというデータを集めているという。視線の集まった観光場所の整備やプロモーション強化を行い、旅行客を集める予定だという。

バーチャルリアリティ(VR)の市場構造――急騰するVR市場を追う(1)」でも紹介したように、ゴールドマンサックスによれば、世界のVR/AR市場は2025年には約8.4兆円に成長すると予測されている。そのなかで、コンテンツソフトビジネスは3.7兆円規模になる。

つまり、VR市場成長には、コンテンツビジネスの成長が不可欠である。そして、それは独自の文法を確立したVRコンテンツや、それ以外のデータ利用といったさまざまな切り口が貢献していく。

注釈:
(*1)Oculus Expects Over 100 VR Games in 2016, John Gaudiest, MARCH 24, 2016(外部サイト)
(*2)Jaunt(外部サイト)
(*3)Tivo(外部サイト)
(*4)Within(外部サイト)
(*5)「Waves of Grace」(外部サイト)
(*6)Next VR(外部サイト)
(*7)Campfire Union(外部サイト)

著者プロフィール

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ジャーナリスト 志村一隆

1991年早稲田大学卒業、WOWOW入社。2001年にケータイWOWOWを設立、代表取締役就任。2007年から情報通信総合研究所で主任研究員。2014年ヤフー株式会社勤務後、2015年からフリー。 2001年Emory大学でMBA、2004年高知工科大学で博士号取得。著書に「明日のテレビ」「ネットテレビの衝撃」「明日のメディア」「群像の時代」など。「独立メディア塾」に寄稿。

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