データ分析
データを読み取る力[後編]――4つの象限から物語を構想する
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前編では、「市場」での「モノ」の動きだけでなく、「生活」の現場で起こっている「コト」にも注目しなければならないと説明した。後編では、実際に「マーケティングにおける物事(モノ・コト)」の視点を使って仮説立案を実践していく。日頃から筆者がデータと対峙(たいじ)するときに心がけていることや、仮説を組み立てていくときの感覚をこの記事を通して体感していただきたい。
成熟した商材「水」のモノ・コト
ここで、水(ミネラルウオーター)という商材を題材にしてみよう。水は、モノの差別化がなんとも難しい商材であるが、この「物事」について考えてみる。
まず、水の【市場×モノ】の領域について見ると、国産のミネラルウオーターと海外のミネラルウオーターブランドの2つに分けられる。海外のブランドについては販売数量でこそ日本の水に押され気味だが、ブランドとしては顕在である。
最近ではコンビニエンスストアのプライベートブランド(PB)商品も目立つ。また、炭酸入りのものやニアウオーターと呼ばれる、果汁、フレーバー付きの水(ミネラルウオーター)が伸びているようだ。実際は、市場全体が頭打ちのなかで、炭酸入りやフレーバー付きにシフトしているというのが正しい捉え方かもしれない。
次に【市場×コト】の領域では、「採水地へのこだわり」「水源保護」などがテーマに浮かびあがってくる。実際にインターネットで情報を検索すると、各社ブランドコミュニケーションのなかには濃淡はあるものの、「採水地」の情報は必ず盛り込まれている。特に、環境をテーマにデビューした「い・ろ・は・す」のブランドサイト(*1)では、水源保護の活動に関するコンテンツに大きなスペースが割かれている。国内の水、海外の水という意味でも、「採水地」はマーケティングを考えるポイントになるだろう。
生活の現場に視点を移して、【生活×モノ】さらに【生活×コト】の領域を見てみる。数年前に、超硬水の海外のミネラルウオーターが代謝促進やダイエットに良いと話題になったことがある(日本の水が軟水であるのに対して、海外の水はミネラル成分が豊富な硬水で、これが便秘解消やダイエットに効果があるとされた)。しかし、最近は鎮静化しているようだ。
【生活×コト】の領域では、何よりも2011年の東日本大震災の影響が大きい。震災を経て、水(ミネラルウオーター)に関する消費者の意識と行動が大きく変わったといえる。身近な“おしゃれ”や“ダイエット”という感覚よりも、まずライフラインとしての水の役割が消費者の意識のなかで見直されたのではないだろうか。大容量の2リットルサイズ、さらにウオーターサーバーなどを含めて、品質と価格の安定感が求められている。
事実、先ほどの「い・ろ・は・す」の公式サイトでも、災害時を意識した「かしこい水ストック」(*2)というテーマが掲げられているし、「サントリー天然水」の公式サイト(*3)では「安全・安心の水のために」(*4)というページのなかで、天然ボトリングという検査体制や、放射能検査などへの取り組みが紹介されている。
こうして現状を分析するときにも、筆者の場合はやはり、生活サイドで何が起こっているのかを注視する。まず、2011年の震災が起点になって、水(ミネラルウオーター)を取り巻く環境は大きく変わったこと、「安心・安全」「ストックされる水」がマーケティングを考えるテーマであったと推察する。あるいは、なぜここ数年、炭酸入りやフレーバー付きや果汁入りが伸びているのだろうかという点に目を向け、特に、若年層の飲料に対する意識と行動を探ろうとするだろう。
4つの象限は物語を構想するための構造
さて、震災から5年が経過したいま、これからの水(ミネラルウオーター)の戦略をどう考えるか。さまざまなデータ、事象が散見されるなかで、モノだけではなくコトの領域まで含めた大きな物語を描くことを意識したい。こういうと元も子もないのだが、マーケティングである限り、データよりも先に重視すべきブランドとしての理想や計画がある。これを実現するための大きなストーリーを考えていくことが重要だ。例えていうなら、小説全体と文章の一文、一文の関係と同じだ。1つの文は、起こった事件や登場人物の心情を伝えるが、全体のストーリーがあって初めて、その役割を果たす。そして、紹介してきた4つの象限は、その物語を組み立てるための構造である。
(1)の背景には「頭打ちの市場規模」、(4)の背景には「3.11東日本大震災による消費者の意識と行動の変化」がある
先ほども言及したとおり、筆者は、マーケティングのストーリーを組み立てるための起点は「採水地」(水源)になるのではないかと考える。これまでも各ブランドは、企業の取り組みとして採水地にこだわりを見せ、真面目に採水地保護なども行っている。それが消費者に対して、どんな提案につながっているのかということが今後の焦点になる。消費者が“自然保護”(社会貢献)や“清涼感”“品質感”以上の意味を見いだせるか。つまり、採水地へのこだわりを生活側から読み解くことが、この場合のデータの活用ポイントになると見込みをつける。
毎日の生活のなかで、「水(ミネラルウオーター)を飲むこと」について、消費者はどんなことを期待しているだろうか。「自然の恵み、清涼感を生活に取り入れる」というコトの可能性を広げて考えてみる。具体的に病気を予防するような健康機能ではないが、気持ちよく健康的な生活を保つために毎日、同じタイミングで一定量の水(ミネラルウオーター)を飲むこと、そんな生活提案ができるかどうかだ。また、企業サイドのコトにとどめず、実際に「採水地」(自然が豊かな日本における里山の風景が思い浮かぶ)を消費者に体感してもらうという方法もあり得るだろう。
モノのレベルだけで差別化を図るのではなく、採水地の選定、保護などを含め、天然のパワーを秘めた清浄な水を提供するための取り組みを含めたコトの提案を行うことができたらと想像を膨らませていく。
あくまでも勝手な妄想ではあるが、このようなプロセスをたどって検証を重ねることで、4つの象限を行き来しながら仮説検証を繰り返し、物語を構想している。
今回は食品や飲料を例に挙げて説明したが、筆者は自動車や家電など、業界問わずこの視点で分析や提案を行っている。ぜひ、自分自身が関わる業務のテーマや商材を題材に、4つの象限を埋めてみていただきたい。きっと、新しい起点に気づくことができるのではないだろうか。