デジタルマーケティング入門

強くなる組織の流儀――プロが語り合う「スポーツ×ビジネス」データ活用の視点

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インターネットがライフラインのひとつとなった現代。“行動”というデータはリアルな世界だけでなく、オンライン上でも常に記録されている。しかし、大量のログが得られたとして、われわれはそれをどう活用すべきなのだろうか。

活躍する分野も職種も全く異なるが、データにもとづいた判断・行動により大きな成果を挙げている人物がいる。一人は、日本バレーボール協会全日本シニア女子チームチーフアナリスト 渡辺 啓太氏。ロンドン五輪での28年ぶりのメダル獲得など、徹底的なデータ活用により大きな躍進を果たした際の立役者である。もう一人は、ファッションアプリ『iQON』を提供する株式会社VASILY(以下VASILY)の代表取締役CEO 金山 裕樹氏。徹底したユーザーの行動分析をもとに、サービスの新規登録・利用・拡散を促す施策を継続的に行い、広告を使わずにユーザー数を100万人規模にまで成長させた実績を持つ。

スポーツとビジネス、それぞれの分野でどのようにデータと接し、今後どんな可能性があると考えているのか。今回は異なるフィールドで活躍している二人の対談をお届けする。

定性的な情報も重要

金山氏にとってデータは、自社のサービスを日々運用するための材料であり、次にやるべき事を見極めるための意思決定ツールでもある。iQONは、約300件のECサイトから好きなファッションアイテムを選んでコーディネートを作成し、画像シェアなどを通じてユーザー同士がコミュニケーションを取り合う人気アプリだ。ユーザーの行動ログを細かく記録・分析し、クローラーが毎日集めてくるショップの商品情報をユーザー一人ひとりに最適化して届けている。サービスの土台となる機能がデータを根拠に動いているというわけだ。また、取得したデータの中から業績に関わるKPIを設定。社内専用チャットで日々全社員に共有されている。

「どのページから来てどんな商品を見ているのかなど、ユーザーの行動ログはほぼ全部収集します。BIツールを使ってそれらを可視化し、日々の意思決定に生かしていますね。提供した企画がウケたかどうか、また今何が求められているのかなど、主に自分たちがやったことの結果検証と、次にやるべきことに向けた仮説作りをしています」(金山氏)


株式会社VASILY CEO 金山裕樹氏

アイコンのイメージ図

自作のコーディネート画像の投稿やセンスの合うユーザーやブランドをフォローできるほか、アイテムの検索・購入、ファッションの悩み相談といった機能も提供している。iQONはApple社とGoogle社、両社のベストアプリに選出され、2016年にはGoogle社から「ベストイノベーティブアプリ大賞」を受賞した

一方、渡辺氏は全日本女子バレーボールチームの「アナリスト」だ。アナリストとは「専門分野に精通し、さまざまな情報をもとに多角的な分析・アドバイスなどを行なう」(参考:ASCII.jpデジタル用語辞典)人を指すが、渡辺氏はまさにそういったことをバレーボールで行っている。

全日本チームのアナリストは、渡辺氏を含めて現在3名。試合においてはサーブから始まり点が決まるまで、ボールが動いている間の選手のプレーを全て記録する。レコードは1試合で2,000件を超えるという。集めたデータから、選手の評価やチームの戦略作りに生かす情報を提供するのがアナリストの役割だ。しかし渡辺氏は、競技のデータ以外に「テキストの情報」も大事にしているという。

「例えば、海外チームの代表メンバーが決まると記者会見が開かれ、監督がチームの方針や選手について発言することがあります。こうした定性的な情報が意外に重要なのですが、日本には入ってきにくいので、専門の翻訳者と契約して各国の情報を翻訳してもらい、関係者で共有する仕組みを作りました。他にも、試合会場の照明や空調、審判の傾向、気象や食事の環境なども事前に全てチェックします」(渡辺氏)


日本バレーボール協会全日本シニア女子チームチーフアナリスト 一般社団法人 日本スポーツアナリスト協会 代表理事 渡辺啓太氏

金山氏も大手IT企業の業績や経営方針については、決算説明会の資料や発言などを確認して定性的な情報を把握するという。自社の事業分野において脅威につながる動きが見えれば、早急に手を打つ必要があるためだ。

データといっても統計的に測れるものばかりではない。数値が語る事実は多いが、それをあらゆる場面で判断に用いるには、広く環境や情勢を把握するための情報も必要なのだ。

人を動かすためのデータの使い方

努力、才能という言葉で語られがちだった日本のスポーツ界において、女子バレーボールのデータにもとづくチーム作りは大きな成果を挙げた。その進化をチームと共に作り上げてきた渡辺氏にとって、データとは「事実を正確に把握するために必要なもの」であるという。

「トップアスリートほど自分で明確な目標を掲げています。一方で、今の自分に何が足りないかといった現状把握が正確にできていないことがあります。せっかく優れた能力を持つアスリートが1日何時間も練習するのですから、われわれは目標と現実の差をはっきりと数字で見せてあげて、『こういうことを改善していきましょう』と具体的にその差を詰めていく工程をサポートしたいと思っています。データはまさにそういった場面で必要なのです」(渡辺氏)

ビジネスと同様に、データを用いてPDCAサイクルを回すことで組織力や個人の能力が成長していく。そこでは選手自身が自主的に目的意識を持ってデータを活用する姿勢がポイントになってくる。

「ベテラン世代の選手は自分でビデオを見て研究するなど、必要なデータは自分で"蛇口をひねって"手に入れていました。でもアナリストのような専門職が出てきたことで、今の20代前半の選手は自らデータを取りにいくことなく、高校を卒業すると自動的に“データのシャワーを浴びる”ような状態になっているのです」(渡辺氏)

意味あるデータを能動的に取りにいくのとは違い、ただ言われるがままに受け止めるものは身につかない。データがあることが当たり前の環境が整ったことで、逆にそれを漠然と受け取ってしまう状況が現在の問題点になっているのだ。そのために渡辺氏は、ジュニアやユースなどの代表合宿でバレーボールのデータの読み方についてワークショップを行うなど、若い選手の研修にも力を入れている。

データは、指導に説得力を持たせる裏付けとしての役割も大きい。この点について、金山氏は「データとは一種のリーダーシップである」と語る。

「リーダーシップとは人の行動を変え、リーダーが目指す方へ導く能力といえますが、データはその一つの形だと思うのです。独断で号令するだけでは通用しません。データが示しているからこうしよう、と伝えることによる腹落ち感は、スタッフを指導するうえで必要なものだと感じています」(金山氏)

VASILYで実際に社員に共有されているデータ

VASILYで実際に社員に共有されているデータ

とはいえ、やはり"数値を示す"だけでは人の行動を変えることはできない。金山氏は「データなしで意思決定することはあり得ない」と社内で言い続けるなど、データ活用を重視する雰囲気づくりも心がけている。同じく渡辺氏も、組織としてデータを使うということを意識しているという。

「何か気になるデータがあっても直接選手とはあまりやりとりせず、コーチを経由しています。こういうデータがあるので良ければ指導の際に使ってみませんか? ビデオを用意しましょうか? など、コーチの意見も聞きながら、なるべく多くの人を巻き込んでデータを使う状況を作っています」(渡辺氏)

データに取り組む姿勢を組織的に作ることもまた、データを活用する上で欠かせないのだ。

データに従うことがゴールではない

データの活用を成果に結びつけてきた二人だが、決してデータが全てと考えているわけではない。金山氏は企画を出した社員に「もし君が神だとしてもデータを持って来い」という一方で、「データは神ではない」とも語る。

「経営とは、企業のミッションと個人のやりがい、その両方のバランスを取りながら成長して行くことだと考えているので、人の心情を無視してデータ主導でやるべきではないと思っています。だから、社員の意思を尊重して方針を決めることもあります。人間ですからね(笑)」(金山氏)

渡辺氏は、ただ一方的に情報を伝えるのではなく、それが正しく伝わり選手の行動が変わることをゴールにしているという。そのために、ミーティングではあえて情報の少ない資料を配布し、選手自身に必要な情報を書き込ませるそうだ。

「一番大事なのは、もらった情報を自分自身で咀嚼できるかどうかです。情報を鵜呑みにして、いわれたからやりました、では絶対に勝てません」(渡辺氏)

データは、目標や課題を具体的に示すことで「人」を動かす原動力になり、ひいては一つの目標を掲げて進む「組織」を動かす力になる。対話が進むほど、分野こそ違うが目的を持ってデータを活用する二人の考え方に共通点が見えてきた。

「やはり、スポーツもビジネスも人間の活動なんですね。扱うデータの種類は違っても、やりたいことは同じ。当社はベンチャー企業ですが、世界で勝負している日本代表のチーフアナリストとの共通点を感じて、自分たちのやっていることが間違いではなかったと勇気付けられました」(金山氏)

「スポーツ界は、才能に恵まれた人たちが集まることもあって、自分たちで何とかしようとしがちな部分があるのですが、僕はアナリストとして、良いアプローチがあるならどんどん取り入れたいと考えています。企業なら利益のためにやっていることを、チームでは勝利のために置き換えて、もっとビジネスの世界から吸収させてもらえることがたくさんあると思っています。いろいろなつながりに手助けをいただきながら、良い結果を出していけたら良いですね」(渡辺氏)


【参考記事】
スポーツアナリスト鼎談――勝つためにはデータがすべてではない、その真意とは

プロフィール

株式会社VASILY CEO 金山裕樹氏

大学生時代に結成したバンドで2000年にフジロックフェスティバルに出演。その後音楽コンテンツ配信会社に2年間勤務した後、Yahoo! JAPANに転職し、「Yahoo!FASHION」や「X BRAND」などの立ち上げとマネジメントを経験。2008年にVASILYを設立。

日本バレーボール協会全日本シニア女子チームチーフアナリスト 一般社団法人 日本スポーツアナリスト協会 代表理事 渡辺啓太氏

バレーボール界初の専属アナリストとして世界で初めてiPadを用いた情報分析システムを考案・導入。2014年からは日本スポーツアナリスト協会を創設。日本初のスポーツアナリティクスカンファレンス・SAJを主催し、2016年は約500名の来場者を集めた。

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