マーケティング事例

ラグビーのプレー分析で実証! 東芝が目指す“テクノロジーの集合体”による課題解決

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2016年10月、東芝は、自社のラグビーチーム「東芝ブレイブルーパス」のプレー分析を行うシステムの実証実験を開始した。長年にわたり同社が開発を進め、技術を結集したコミュニケーションAI「RECAIUS(リカイアス)」を軸にして、「画像認識」「音声認識」と「ディープラーニング」を組み合わせてデータ解析を実現するというものだ。この実証実験はラグビーチームの強化のためだけに行われているのではない。その先に見据えているのは、スポーツを越えて多様な分野に対応できるだけの「カスタムメイド」が可能なサービスの形でもある。その可能性について、東芝 インダストリアルICTソリューション社の籾井氏と田中氏に話を聞いた。

メディア処理技術を進化させた新たなコミュニケーションAI「RECAIUS」

東芝は長年、画像認識や音声認識などのメディア処理技術を活用して、人々の生活やビジネスをより豊かにしようという「メディアインテリジェンス技術」の開発に取り組んでいる。そして、この取り組みをさらに進化させた新たなサービスが、コミュニケーションAI「RECAIUS(リカイアス)」(*1)である。

RECAIUSのネーミングには、人の言動を理解する「理解+アス(us=私たち)」と、テクノロジーを通して人にわかりやすく伝え、その活動を支援する「Recognition(認識)with AI(人工知能)+us(私たち)」という二重の意味が込められている。「画像認識」「音声認識」「人工知能」「IoT」技術を使い、ICTソリューションを構築するためのテクノロジー群の総称でもある。長年にわたったRECAIUSの開発は、多様な人々が安心・安全で快適に過ごせる社会を実現するという、東芝の思いをかなえるためのプロセスでもあるのだ。

RECAIUSは統合システムではなく、クラウドをベースにした、さまざまな技術の“集合体”として存在している。つまり目的に応じて機能を切り出して活用することが可能なのだ。たとえば、訪日外国人客の話した言葉を音声認識してクラウドで翻訳、接客員が日本語で応対し、それを再びクラウドで外国語に翻訳して返すという、RECAIUSを利用した同時通訳アプリを提供するなど、すでにいくつものサービスが始まっている。

RECAIUS概念図
音声認識、音声合成、翻訳、対話、意図理解、画像認識(顔・人物画像認識)などのメディア知識処理技術(メディアインテリジェンス技術)を融合し、体系化したクラウドサービス 提供:株式会社東芝

音声認識、音声合成、翻訳、対話、意図理解、画像認識(顔・人物画像認識)などのメディア知識処理技術(メディアインテリジェンス技術)を融合し、体系化したクラウドサービス
提供:東芝

なぜラグビーで実証実験を行うのか?

東芝はいま、RECAIUSの要素技術を向上させるために、画像、音声認識の技術とディープラーニングをかけあわせて、ラグビーのデータ解析を行うシステムの研究開発、実証実験を進めている。同実験は2016年10月から始まり、2017年いっぱいまでの期間を予定しているという。

しかし、なぜ実証実験の素材がラグビーなのだろうか。

同社の商品統括部主務 田中孝氏は「実は、ラグビーは最も解析の難しいスポーツのひとつなんです」と語る。

ラグビー選手は、タックルをかわすためにフェイントを入れるなど、不規則な動きがよく起こることに加え、楕円形のボールも動きが読みづらい。また1チーム15人、合計30人とプレーヤーも多く、スクラムのように選手が密集するとボールが隠れるため、選手やボールの正しい位置確定も難しい。さらに野球のようにゲーム中にインターバルがないため、流れのなかで攻守の切り替えが頻繁に起き、プレーシーンの分類が難しいのだ。

また、東芝のラグビー部「東芝ブレイブルーパス」は、ジャパンラグビートップリーグに加盟しており、トップリーグではすでに5回優勝しているという強豪チームだ。当然、チーム強化への意識も高く、求められる分析の質もハイレベルなものになる。

「社内のチームなので協力が得られやすいということもありましたが、分析の難しいラグビーで成果をだせれば他への展開も行いやすい。それになによりも、トップチームからの厳しい要求にも応えられるという高い目標を設定したかったのです」

そう語る田中氏の言葉からは、解析の成熟度を上げるための最適な素材がラグビーである理由がくみ取れる。

実証実験のねらい
実証実験は、RECAIUSとディープラーニングを組み合わせることによって得られるデータを、その他の産業や分野に生かしていくことが目的となる

実証実験は、RECAIUSとディープラーニングを組み合わせることによって得られるデータを、その他の産業や分野に生かしていくことが目的となる

スポーツ分析の課題と実験のねらい

スポーツ分析の分野では、チームの戦力としてスポーツアナリストが注目されつつある。彼らは選手の動きを分析し、けがの防止策を立て、監督に対して戦略提案を行うという役割を担っている。しかし実務の裏側で、膨大な量のデータ収集と解析作業に追われるなど、戦略提案に至るまでにさまざまなタスクをこなさなければならないという事実は、あまり知られていない。

例えばラグビーの場合、撮影した映像を「スクラム」「タックル」「トライ」など、戦略分析上必要となるプレーシーンごとに分類する。具体的にはプレーごとの映像にタグを打ちこんでいくという“手作業”が発生する。同社商品統括部の参事、籾井啓輔氏によると「一試合で、数百ものタグを入力しなければなりません。それは膨大な作業量です」というほどの負担だという。

選手やボールを自動で追尾して情報を取得するトラッキングシステムも存在するが、競技場に複数の専用固定カメラを都度設置する必要がある。運用には専任スタッフが必要な上、システムの価格も高いため、チームでの導入は非常に難しい。

スポーツ分析上の足かせとなっているこれらの課題解決を目指すことは、そのままRECAIUSの価値を検証することに結びつく。ラグビーを対象に、人の行動認識技術や予測技術を高めることでチームの強化を図りながら、一方では産業分野での活用を展開するためのねらいでもある。

RECAIUSによって生まれたプレー分析システム

東芝が実証実験のために開発したプレー分析システムには、RECAIUSの画像認識、音声認識技術が使われており、映像から取り込んだ情報とフィールドのラインや設置物などの位置を画像解析して、上空から見た俯瞰図に変換し、敵味方を識別した選手の位置やボールの軌道などをマッピングしてくれる。

マッピング画像
斜めから撮影した映像は座標へと変換され、真上からフィールドを見たような「仮想2次元フィールド」として表示される。右はマッピングのもととなる映像

斜めから撮影した映像は座標へと変換され、真上からフィールドを見たような「仮想2次元フィールド」として表示される。右はマッピングのもととなる映像
提供:東芝

さらに、「スクラム」「タックル」「トライ」などさまざまなシーンを自動でタグ化し、映像に挿入してくれる。各シーンの認識と分類は、主審が吹くホイッスル音をシーン切り替えのきっかけにして、選手の動き、ボールの位置などを画像認識で識別。蓄積された音声や画像のデータをベースにしたディープラーニングによる学習によって、タグ化の精度を上げている。この機能によって、アナリストが手作業でタグを入力していた作業は効率化され、たとえるなら「今シーズンの全てのトライ」だけを瞬時に抽出することも可能になったのだ。

音声認識による識別
主審の吹くホイッスル音が、プレーシーンの切り替えの識別として利用される。

主審の吹くホイッスル音が、プレーシーンの切り替えの識別として利用される
提供:東芝

画像認識による識別
画像認識の技術は、「ボールの追跡」(左)、「選手やチームの追跡・識別」(中)に用いられており、それらのデータをもとに座標への変換(右)が行われている

画像認識の技術は、「ボールの追跡」(左)、「選手やチームの追跡・識別」(中)に用いられており、それらのデータをもとに座標への変換(右)が行われている
提供:東芝

この分析システムの優れた点は、映像のクオリティーに依存しないところにもある。ごく一般的な品質の映像でリアルタイムに解析や分析が行えるため、ハンディビデオの撮影で生じた多少の手ぶれや、カメラ位置の移動もまったく問題にならない。つまり、高いコストをかけて高品質な撮影をしなくても、家庭用ビデオカメラで撮影した映像やテレビ放映された映像でも解析が行えるのだ(解像度の条件さえクリアできれば、古い映像でも解析できる)。

「完成形サービス」からカスタムテクノロジーへ

東芝は、まず自社のラグビーチームを使って解析システムを成熟させることを目下の目標としているが、成熟度がある程度の水準にまで達したら、他のスポーツにも同システムを展開していくことを考えている。そして、いずれはスポーツ領域を飛び出して「一般企業、工場などへ応用」していく構想を抱いている。

一般企業、工場への応用については、自動車工場を例にとるとわかりやすい。ラインに流れてきた車体をチーム単位で製造する現場において、映像から作業内容をシーンごとに抽出して、作業時間の測定や連携作業の検証などに応用できれば、生産性の飛躍的な向上が望める。そのほか、病院や介護施設での見守りをする職員の導線を解析して、サービス品質の向上を考えるという応用も可能になるだろうし、ショッピングモールや店舗内での来店客の導線や行動分析にも応用できることは容易に想像できる。

「熟練工の動作を画像解析し、ノウハウがどこにあるのかを抽出し、技能継承につなげようというアイデアも出てきています」と田中氏が語るように、応用範囲は幅広い。

スポーツ以外にどのような分野へと応用していくか、現在は戦略立案に取り組んでいるところで、すでに取引先などとアイデアワークショップを開催して、どのような潜在ニーズが存在するのかを抽出しているそうだ。

ここで改めて触れておきたいのは、RECAIUSが統合システムではなく、クラウドを中心に据えた「人工知能」「音声認識」「画像認識」「IoT」といったテクノロジーの“集合体”であることだ。そのため、その組み合わせ次第で、さまざまな分野にも個別に対応ができる。つまり、応用範囲が極めて広いということだ。

いま東芝は、ひとつの完成されたシステムを開発して納入するという従来のビジネスから、自社技術の集合体を顧客のニーズに合わせてパッケージ化するビジネスへ転換を図っている。RECAIUSは、いわばICT技術のカスタムメイドサービスであり、ラグビーのプレー分析という実証実験は、サービスのあり方を実証するための研究開発という側面もあわせ持っている。

今後、スポーツデータ解析の分野でRECAIUSの名前を聞く機会は多くなると思うが、オフィスや生活の場で、あるいは思いもつかないところでRECAIUSの名前を目にすることが増えてくるかもしれない。


注釈:
(*1)RECAIUS(リカイアス)(外部サイト)

プロフィール

株式会社東芝 インダストリアルICTソリューション社 商品統括部 プロダクト&サービスマーケティング部 参事 籾井啓輔氏

株式会社東芝 インダストリアルICTソリューション社 商品統括部 メディアインテリジェンス商品推進部 メディアインテリジェンス技術支援担当 主務 田中孝氏

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