マーケティング戦略

女子スポーツの挑戦[後編]――日本スポーツ市場拡大の鍵は女子にあり

記事内容の要約

  • スポーツファンのエクスペリエンスを知るには定性データ分析が重要
  • 定性データ分析の結果に基づき女子スポーツが提供する価値を設計
  • 女子スポーツは日本のスポーツビジネスの中心となる可能性を秘める
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この記事の前編を読む

2025年に15兆円の市場規模を目指す日本のスポーツ産業。人々が多くの時間をスマートフォンの中で過ごす中、マイナースポーツである女子プロ野球はどのようにファンのエクスペリエンスを高めようとしているのか。スポーツマーケティングのデジタル戦略を探る。

女子プロ野球のマーケティングで定性分析を重視する理由

前編でも紹介した通り、日本の成長戦略の中で、2025年にはスポーツ市場を現状の3倍に当たる15兆円に拡大するという目標が掲げられている。これは容易なことではない。あと7~8年という期間で市場規模を3倍にするには、現状の人気スポーツの市場を拡大するだけでは賄いきれない。そこで「戦略のひとつとして、女子スポーツに注力する価値は大いにあります」と語るのが、日本女子プロ野球機構 事業戦略担当理事の石井宏司氏だ。

石井氏は現在、日本女子プロ野球の普及・啓発に取り組んでいる。そのマーケティング戦略に欠かせないツールがスマートフォンだ。

石井氏は「スマートフォンを介して人々が求めているものはエクスペリエンスです」という。

「スマートフォンの普及によって、ファンが情報を受け取るだけの受け身の存在ではなくなった現在、従来のようなプッシュ型マーケティングの発想を変えなくてはなりません。まずは情報を受け取ったファンが、どのようなエクスペリエンスを持ったのかというインサイトを捉えることが重要です」(石井氏)

「チケットの売り上げや観客数などの定量的な分析も大切です。しかし、もっとインサイトを捉えるための定性的な分析をしていかないと、いまのスポーツマーケティングは成功しません」と続ける石井氏は、ファンへのヒアリングやSNSの書き込みなどから「彼らが好きなものはなにか」「どんなときに感動して、いつ飽きるのか」といった定性分析に注力している。時にはマーケティングが成功しているJリーグのファンにも直接ヒアリングをすることもあるという。

最近のSNSユーザーには、実名アカウントとは別に、本名を公開しないプライベートなSNSアカウント(通称、別垢)を持つ人も多い。そして別垢を使ってファン同士が自発的に主催するスポーツコミュニティも盛り上がっており、こうした動きもつかむ必要がある。ブログのようなオープンな場所以外に、クローズドで限定的な個人間のコミュニケーションを行う場所を、石井氏は「インターパーソナルスペース(interpersonal space)」と定義し、急速に拡大するこのコミュニティにも注目している。

インターネットコミュニティの種別
石井氏作成「SBAセミナー20161206」スライドより作図「インターネットコミュニティの種別」

だがこうしたプライベートコミュニティは、リサーチしようとしても、なかなか簡単には入り込めない空間だ。そこで石井氏は家族の協力を得て、プライベートなコミュニティでファンがどのような行動をするのか調査した。

「千葉ロッテマリーンズのファンである、私の中学生の息子が作成したプライベートなTwitterアカウントは、アカウント開設の3カ月後にすでにフォロワー数が500件以上に増え、活発なやりとりがなされています。また息子の友人などがインターパーソナルスペースでどんなことをしているのかも聞いて参考にしています」といい、実際にインターパーソナルスペースで盛り上がるファンの行動を「内側から」観察しているそうだ。

その結果、かつての観戦スタイルといえば家族や友人と行くことが多かったが、こうした新たなファンコミュニティの形成により、変化が起きていることが観察できたという。

「私の息子も今や、ひとりで出掛けて現地で初めて会った大学生のファンの方々と一緒に応援するようになっています。こうした球団の意図を越えたファンコミュニティの形成という実態は非常に興味深いことです」(石井氏)

スマートフォン、SNSというテクノロジーを得たファンが自らコミュニティを作るように進化してきている以上、その新たなファンの動きを無視して企業側が何かを仕掛けようとすると、反発を食らってしまう。どんなきっかけでファンになり、ファン同士がどうやってつながりを持ち、どのような文化があって、どのように発展していくのか、常に定性調査は欠かせないという。

女子スポーツに対する既成概念を討ち破れ

こうした定性調査により、ファンの心理や行動変容を分析することで「日本女子プロ野球のマーケティングで提供すべき価値が見えてきました」と石井氏は語る。

石井氏がたどり着いた「女子プロ野球が提供できるバリュー」とは何か。それは「閉塞(へいそく)感が高まる時代において、女子が夢を追って努力する姿」だった。

男子スポーツなら、華麗な技や記録に加え、途方もない契約金、有名になること、高級ブランドの持ち物など、その飛び抜けた存在自体がファンへの価値となる。だが女子スポーツの世界では、そうしたわかりやすい価値がほとんどない。それどころか、ワールドカップで優勝する前の女子サッカー「なでしこジャパン」もそうであったように、技術や体力、迫力などさまざまな面で男子と比べられて評価が下がってしまうというハードルが存在するのだ。技術や体力、迫力やネームバリュー、金銭面などで、今の女子スポーツは男子にはかなわず、同じような価値を提供することは難しい。同じ土俵でモノを考えると、いつまでも男子と比べられてしまう。

女子スポーツが男子と同じ土俵で戦っても、ビジネスにはならない。女子ならではの切り口を見つけてデザインする必要がある。そんななかで石井氏は「時代の流れを読むこと」が大切だと気付いたという。

「現代は、将来に備えて安全な道を、保険をかけて生きていくべきだという現実主義的なパラダイムがすごく強くなっています。だから、多くの親は、自分の娘に女性アスリートの道は選ばせない。そんな厳しい特殊な環境下で、数多くの女性アスリートは身体を張っています。だからこそ、彼女たちが汗水を垂らして泥だらけになりながら、将来の女子プロ野球の発展という夢を追いかけてがんばっている、そういう筋書きのないドラマがレアな存在として輝く。そこにかける姿に、不思議と共感というエクスペリエンスが生まれ、現代人が忘れた熱というものを価値にして伝えられると思いました」(石井氏)

女子プロ野球リーグの価値設計
石井氏作成「SBAセミナー20161206抜粋」スライドより作図「女子プロ野球リーグの価値設計」

「お金もなく集客にも苦労している。選手自らチケットを手売りするなど、多くのハンディを追いながらも、夢に向かって彼女たちは頑張っています。そんな真摯(しんし)な姿を感じてもらうために、“それでも頑張るヒロイン”に焦点を当てることで、週刊少年ジャンプのような“友情・努力・勝利”を見せたいんです」と石井氏は説く。実際、試合を見たファンがSNSに書き込んだ感想にも「勇気をもらった」というものが多いそうだ。

エモーショナルな働きかけによってファンの共感というエクスペリエンスが高まった先にあるのは、インターパーソナルな世界における好意的な拡散であり、女子プロ野球に関心の高いインフルエンサーを生み出すことだ。

「試合の後やメディアで露出した後には、ファンのTwitterやFacebookを必ず見ます。もちろん売り上げや集客数、リピート率といった定量的な数字もビジネスとしてチェックしますが、それだけでは成功できないので、われわれが提供したい価値をしっかり届けられたかという定性データをこれからも重視します」(石井氏)

スポーツ市場15兆円に向けて女子スポーツができること

今はまだマイナースポーツと捉えられている女子スポーツだが、石井氏は「成功する確率は低く、難易度も高いのですが、化ければ巨大なビジネスになります」と断言する。

現状で、世界の男子のスポーツビジネスは、優秀な人材とマネーに仕切られている現実がある。国際サッカー連盟(FIFA)、国際オリンピック委員会(IOC)、メジャーリーグベースボール(MLB)といった巨額を動かす既存のポジションに今から加わるのは難しいが、今後日本がそのポジションを得るためのスキームを考えると、女子スポーツが大きな鍵になるというのだ。

その理由として、特定スポーツ領域の管理組織になるための重要要素である「競技ランクの高さ」が挙げられる。女子プロ野球リーグが現存しているのは世界で唯一日本だけであり、しかも5年連続で女子野球の世界大会で優勝している。サッカーのなでしこジャパンも強い。バスケットボールやバレーボールも、オリンピックに出場しているのは女子チームの方だ。要するに世界の四大スポーツにおける日本の女子ランキングは、実は非常に高いのだ。

また、日本は治安や外交的な信頼感から、国としての評価が高いため、スポーツ分野でも選手の留学先や渡航先として選ばれやすく、海外のスポーツサイエンスやビジネスナレッジを蓄積しやすい土壌がある。加えて映像配信の技術も高いとなれば、女子の四大スポーツで市場規模を拡大するというのは、あながち夢物語ではないといえる。その足がかりとして、まずはアジア・インドから着手することを考えているそうだ。

そのような壮大な構想がある一方、女子プロ野球はマイナースポーツであるがゆえに、単純に球場を借りるだけでも苦労することが多いため、「足元の施策として地域密着型の活動も積極的に行っています」と石井氏はいう。地域のお祭りや運動会に参加したり、地域の野球教室を行ったり、小学生の女の子にバッティングを体験させる野球型授業に出向いたり、栄養管理の知識のある選手が食育をしたり……。女子選手ならではの高いコミュニケーション能力を生かしながら、地道な活動を続けることで、地域活性化までは行かずとも、「女子プロ野球がある街って、いいね」と思ってもらえるようになるのが目下の目標だ。

また、女子プロ野球をもっと身近に感じてもらうための新たな取り組みとして、女子プロ野球リーグはファンと交流し、共感と拡散を促すために「日本女子プロ野球リーグ公式コミュニティSalon」という新たなネットコミュニティーサービスもリリースした(*1)。これはFacebookのグループ機能を使ったクローズドコミュニティで、監督や選手も全員参加しており、ふだん見ることができない選手の姿が見られたり、気軽なコミュニケーションがとれたりすることで、ファンとチームが野球を語れる場になっている。共感と拡散を促すための女子プロ野球リーグの施策のひとつだが、そこには女子スポーツ全体への考えも垣間見える。

「このコミュニティで選手が使っているFacebookアカウントは、球団が用意することはせずに選手個々人のものを使ってもらっています。そのため、もし退団したとしてもアカウントを削除しなくてすみます。このようにしたのは、フォロワーは球団よりも、選手個人についてほしいという思いが裏にあるからです。彼女たちが人気者になれば、引退した後も解説者などになれるかもしれませんし、彼女たち自身のセカンドキヤリアにつながる可能性があります。ここまで考えることが、女子スポーツ全体を盛り上げることにもつながるのだと思います」(石井氏)

2025年に15兆円規模を達成した時に、改めてスポーツ産業を見わたすと、今とは景色が異なる女子スポーツの世界が広がっているのかもしれない。

注釈:
(*1)日本女子プロ野球リーグ公式コミュニティSalon(外部サイト)

プロフィール

一般社団法人日本女子プロ野球機構 事業戦略担当理事 石井宏司氏

東京大学大学院教育開発学コース修了後、リクルートに入社。IT、オンラインコミュニティー、教育、地域活性化、キャラクタービジネスなどの分野で新規事業の立ち上げに携わる。野村総合研究所経営コンサルティング部にて各社の新規事業のコンサルティングに従事した後、現職。

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