組織づくり・人材育成

日本プロ野球におけるデータ活用[前編]――「勘と度胸」から「データドリブン」へ

記事内容の要約

  • チーム戦術・戦略だけでなく選手のパフォーマンス向上にもデータ活用の流れが進む
  • 日本のプロ野球でも、米国流の指標で選手を評価しようという球団が増えてきた
  • トラッキングデータにより、選手個人のトレーニング方法も変わってきている
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プロスポーツにもデータ活用の流れが押し寄せている。特に、野球ではここ数年「セイバーメトリクス」(SABRmetrics/Sabermetrics)という言葉をよく聞くようになった。これはあらゆる試合データを記録・分析し、統計学的見地から客観的に各選手のプレーを評価しようという考え方で、1980年代半ばに米国で登場した。ブラッド・ピット主演の映画『マネー・ボール』で、米国のMLBの球団が「勝てる確率の高い選手を獲得」するためにデータを駆使する様子が描かれたことでご存じの方も多いのではないだろうか。

こうしたデータ活用の波は、チーム戦略・戦術の視点だけでなく、選手のパフォーマンス向上や育成トレーニングにも及んできている。こうしたプロ野球のデータ活用の最前線とその可能性について、人の動きのメカニズムを研究している國學院大學 人間開発学部 健康体育学科 准教授 神事努氏とスポーツデータの収集・分析を行っているデータスタジアム株式会社 ベースボール事業部 アナリスト 金沢慧氏が語り合った。

野球におけるデータ活用の歴史

データ野球やID野球(*1)などという用語が広まったことで「プロ野球の現場ではデータが活用されている」という認識は一般的なものとなったが、そもそも野球においてデータを活用し始めたのは、いつごろなのだろうか。

そもそも野球におけるプレーデータの活用はおおきく2つある。ひとつがセイバーメトリクス(*2)のように、チーム編成や戦術に生かすためのデータ活用、もうひとつが人間の身体の動きやボールの軌道を科学的に解明して個々のパフォーマンス向上を目指す、バイオメカニクス領域でのデータ活用だ。

戦術やチームパフォーマンスの向上のためのデータ活用は、実は古くから取り組まれていたという。

「野球のスコアブック自体は100年以上前からありますし、日本のプロ野球でも1950年代からスコアラー(*3)という職業が誕生し、球種や打球方向などのプレーデータを記録・活用してきた歴史があります。これがセイバーメトリクスの登場によって、さらに本格的なデータ活用が始まりました。日本でも、1990年代のヤクルトスワローズ監督・野村克也氏によるID野球により、戦術立案に関するデータ活用への認識が広まりました。データの収集をパソコン上でできるようになってから、その活用が一般的になりました」(金沢氏)

バイオメカニクスとは、数学や物理、解剖学を使って人の動きのメカニズムを解明する学問だ。この学問の研究をしている神事氏は「米国において、バイオメカニクス分野で野球の研究が注目されるようになったのは、1986年に発表された論文がきっかけです」と説明する。

当初は、投手の肩や肘にかかる負担など投球障害(ケガ)の解明・予防に関する研究がメインだったが、そこから選手や球の動きに着目するパフォーマンス分析へと発展し、「米国の影響を受けて、日本でも1990年代後半から、球の動きや、投手の投球メカニズムを3次元に解析する研究が進みました」(神事氏)という。

国学院大学 人間開発学部 健康体育学科 准教授 神事努氏

国学院大学 人間開発学部 健康体育学科 准教授 神事努氏

データの「着目ポイント」、日米の違いは?

日米の野球界でデータの活用度合いや普及具合に違いはあるのだろうか。金沢氏はその違いを次のように説明した。

「一概にはいえないですが、日本と米国の野球報道をみると、データの捉え方に違いがあります。日本では『本格派のピッチャーだから、空振りを奪う割合が高い』というように、プレーを主観的にみた感想を補強するための材料としてデータを活用する傾向があります。これに対し米国の報道は、野球の構造を意識したロジカルな話を好み、たとえば『出塁率が高いから頼りになる選手』と客観的に評価する傾向が強いんです。また、米国の方が別チームへの移籍が頻繁に起こるなど選手の流動性が高く、選手を評価する際にも『この選手のプレーには何点分の価値がある』とまるで経済学のように考える場合もあります」(金沢氏)

また神事氏も「日本の球界は見た感じ=主観で判断する傾向があります。たとえば『グラブさばきが華麗だから守備がうまい』と思っていても、データで見てみると、実は守備範囲が狭い(一概にうまいとはいえない)ということがあります」と、日本のデータの捉え方について語った。

その一方で神事氏は、「確かにこれまでは、主観で説明のつかない現象は『存在しないもの』とされがちでした。しかし、データでさまざまな物事が見える化してきたことで、従来説明できなかった事象にも目を向けるようになってきました。実際、選手のトレーニングや評価にデータを活用するケースが増えてきています」と述べ、データを使って選手のパフォーマンスを客観的に判断するようになってきたと説明する。

金沢氏も同意見だ。「プロ野球でのチーム編成の領域でも、データを元に選手を評価する取り組みは徐々に進んでいます」と話し、「データ等の指標から、野手であれば守備範囲の広い人を評価し、育成やポジション替え、選手獲得の判断材料にしているチームが増えてきている印象があります」と昨今の日本プロ野球の変化を語った。

「評価」と「トレーニング」で異なるデータ活用の浸透度

日本のプロ野球において、戦術や選手評価の領域ではデータ活用が進み始めているが、次に求められているのが選手のパフォーマンスそのものを高める「トレーニング」の領域だという。金沢氏は野球で収集されているデータについて次のように話した。

「データスタジアムで収集している野球データは、主に試合中に起こるプレーを手動で判別したものですが、そのデータだけでは選手のパフォーマンスを向上させるために必要な情報とはいえず、われわれもテクノロジーを使って新たな種類のデータを集め始めています」(金沢氏)

たとえば日本のプロ野球では、選手のパフォーマンス向上を目指してトラッキング技術の導入が進んでおり「投球の回転数」「打球の速度」などを自動的に収集する状況が整いつつある。米国ではさらに「野手のポジショニング」「走塁の速度」など、グラウンド上のすべての事象をデータ化するStatcastというシステムが2015年から導入されている。

金沢氏はさまざまな種類のデータを活用して効率的にチームや選手のパフォーマンスを最大化するため、「各球団のフロント(*4)はデータをきちんと理解し、現場の監督やコーチとコミュニケーションを取れる人材確保を進めるなど、組織体制を大きく見直しているように見えます」と話した。

では、トレーニングにおけるデータ活用はどうだろうか。

「『球速150キロの球を投げるにはどうすればいいか』と相談されても、それは実際にその球を投げてきた経験のあるコーチにしか説明できません。しかし、コーチ自身も感覚で投げ方を理解している場合が多く、説明に苦労しています。自転車の乗り方を教えるのが難しいのと同じです。しかしデータを活用すれば、プレー動作や球質を客観的に数値化して、選手自身が抱いている感覚や主観を理論的に説明できるという利点があります。そのため熱心な選手はトレーニングにデータ活用を取り入れることに前向きです」(神事氏)

データスタジアムが提供するデータ分析ツール「Baseball Analyzer」の一画面

データ分析ツール「Baseball Analyzer」の一画面
提供:データスタジアム株式会社

金沢氏も同意し、「シーズン中に、選手がデータスタジアムを訪れることがあります。それは、自分の感覚や考えが正しいのか確認するためです」と明かす。データスタジアムは、スポーツデータの収集や分析を行い、チームや選手に対して強化ソリューションやナレッジの提供を行っているため、やる気のある選手ほどデータを確認しに足を運ぶそうだ。こういう選手が増えると、コーチ自身もデータについて学ぶ必要が出てくるので、「意識の高い選手がいるチームほどデータ活用が一層進むかもしれません」と金沢氏は見ている。

「指示的アナリティクス」により、トレーニングが変わる

具体的に、選手の育成やトレーニングにデータはどう活用されているのか。神事氏は「データ分析・活用には、3つの局面があります」と話す。

一つが、データによって「過去に何が起きたのか」を説明することを目的とした『説明的アナリティクス』。二つ目が、過去から現在のデータをもとに「何が起きそうか」を分析して未来予測することを目的とした『予測的アナリティクス』。そして三つ目は、「こうすべきだ」と最適な行動を明らかにすることを目的とした『指示的アナリティクス』だ。

アナリティクスの3つのフェーズ
アナリティクスの3つのフェーズハーバード・ビジネス・レビュー『ビッグデータ・ブームの本質』を元に作図

※ハーバード・ビジネス・レビュー『ビッグデータ・ブームの本質』(*5)を参考に作図

神事氏は、自身の専門であるバイオメカニクスも指示的アナリティクスの一部と考えている。身体の動きと、その結果投げられるボールの軌道や球速を分析し、さらに身体をつくるための栄養学などを組み合わせ、求めるパフォーマンスに達成する確率を高めていくからだ。

それまで指導の現場では、たとえば投手には、「バッターを打ち取るためには、きれいなスピンがかかった球を投げなさい」と指導してきた。しかし、実際にバッターを打ち取れているピッチャーの中には、そういう球質でない人もいる。データによりボールの回転数や回転軸などの「球質」が解明されれば、選手それぞれの適性に応じてパフォーマンスを最大化できる育成が可能になるだろう。

後編では、選手のパフォーマンス向上へのデータ活用事例や、VR(仮想現実)やAI(人工知能)の活用の可能性について詳しく紹介したい。

この記事の後編を読む

注釈:
(*1)ID野球:Important Data野球の略で、データをもとに戦略を考えてチームづくりやプレーに生かす野球のスタイルのこと
(*2)セイバーメトリクス:アメリカ野球学会(Society for American Baseball Research)と測定基準(metrics)を合わせた造語で、過去のデータを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価やチームの成長戦略を考える分析手法
(*3)スコアラー(scorer):スポーツ競技の試合記録を取る係のことで、日本プロ野球では対戦チームの戦力分析担当者などを指す
(*4)フロント:「Front Office」の略で、プロ野球球団の経営を専門に行う会社やその役員を意味する
(*5)ハーバード・ビジネス・レビュー『ビッグデータ・ブームの本質』(外部サイト)

プロフィール

國學院大學 准教授 神事 努氏

中京大学大学院でバイオメカニクスを専攻。「投球されたボールの軌道や回転数、回転軸の科学的に解明する」ことが研究テーマ。国立スポーツ医学センターを経て、2015年から現職。

データスタジアム ベースボール事業部 アナリスト 金沢 慧氏

大学時代に野球専門ライターとして活躍し、データスタジアムに入社。現在はアナリストとして試合結果のデータを分析・解釈して各チームに提供するほか、各メディア向けに寄稿記事も執筆。

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