組織づくり・人材育成

日本プロ野球におけるデータ活用[後編]――データの役割は「セルフコーチング」

記事内容の要約

  • 選手の評価指標の進化によって、よりデータドリブンな選手の評価が可能となってきた
  • データを活用し、選手のパフォーマンス向上に生かす「セルフコーチング」の事例もある
  • AIにより超一流選手のノウハウが形式知化され、育成に活用される可能性がある
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この記事の前編を読む

日本のプロ野球において、球団経営・管理側の視点だけでなく、各選手個人のトレーニングやパフォーマンス向上のためのデータ活用が盛んになりつつある。後編では、データを用いた「セルフコーチング」の具体事例や、未来の予測、人工知能(AI)を用いた選手育成の可能性などについて國學院大學 准教授 神事努氏と、データスタジアム株式会社 アナリスト 金沢慧氏に話を聞いた。

その選手が「なぜ優れているか?」をデータで解明できるか

データを使って優れた選手を育てることができるのであれば、優れた選手が「なぜ優れているか?」というものを解明する必要がある。神事氏も金沢氏も、基本的には「データから優れた選手を見つけだすことはできるが、その選手がなぜ優れているかを理解するのは簡単ではない」という考えだ。

「セイバーメトリクスには個々の選手の能力やチームへの貢献度を測る指標があります。たとえば、2016年は日本ハムの大谷選手がパ・リーグで最も勝利貢献度が高い選手であったことは、評価指標であるWAR(Wins Above Replacement)(*1)でも示されています。この貢献度などをもとに、選手に与えるべき年俸を決めることはできますが、なぜ優れているかを示すにはよりミクロな分析が必要となってきます。さらに、「投手と打者の間での駆け引きにたけている」といった、データには表れにくい能力も、野球選手には数多くあるはずです。今のデータでできることと、できないことを整理する必要があります」(金沢氏)


データスタジアム株式会社 ベースボール事業部 アナリスト 金沢慧氏

これに対し神事氏も、「トレーニング面でも同様です。投手にアドバイスするにしても、ボールの回転や回転軸、球速を数値化し、どういう球種を投げればいいのか、ということはデータで明らかにできます。しかし、どうすればその球種を投げられるのかという答えまでは、データからはわかりません」と同意する。同じことは打者にもいえて、「どのタイミングでバットを振り出したらいいか」というのも、0コンマ数秒の中で瞬時に判断される領域なので解明が難しいそうだ。

パフォーマンス向上への取り組みは「セルフコーチング」がポイント

データを選手の評価や育成トレーニングに活用することにおいて、そもそも考えるべきは「その問題解決にデータは使えるのか」ということだ。「どのくらい年俸を支払うべきか」についてプレーのデータをもとに話し合うことはできても、「どうすればバッティングフォームがよくなるか」はデータからは分からない。今あるデータで出来ることとそうでないことを把握しておかないと、誤ったアプローチで選手に解明法の提示をしてしまう可能性もあるのだ。


神事氏(左)と金沢氏(右)

金沢氏は、データを使って個体差があるそれぞれの選手のパフォーマンスを高めていくためには、「各選手のデータを取得、管理し、それぞれの特性に合わせたトレーニングができるような仕組みを作ることが求められてくると思います」という。

また神事氏は、データ文脈で選手に対してアドバイスをする際には、「目指す方向を提示」することが大事だと語った。

「たとえば投手から、『打者が空振りするような決め球を習得したい』という相談を受けたら、まず、なぜ空振りが取れないのか、今の状況をデータによって可視化することからはじめます。『TrackMan』(*2)と呼ばれる、ボールの動きを3次元的にトラッキングする計測器で収集されたデータをもとに、本人の特性に合わせ、『この球種、この回転量のボールであれば空振りが取れるので、これを習得しよう』とアドバイスします。投げ方のアドバイスはできませんが、投げるべき球は示せるのです」(神事氏)

神事氏はこうしたアドバイスを、「方向性さえ提示すれば、あとは選手が自分で工夫する」ものという意味で「セルフコーチング」と呼んでいる。現在、スポーツトレーニングにおけるデータ活用は、結果提示による方向付け=セルフコーチングという分野で進んでおり、これがデータに基づく選手指導の基本的なアプローチとなっている。

一方、投手に比べて、野手やバッターのトレーニングにおけるデータ活用はやや難しい面があるという。

「投手は『自分から始められる』ポジションですが、バッティングはそうではありません。ボールを待ってから動くからです。たとえば球速150キロの球を打つ練習をしたいと思ったら、まずそれだけの球威がある投手が必要です」(神事氏)

では、どのような形でトレーニングは実現するのだろうか。

テクノロジーで進化するトレーニング

金沢氏は「そうした課題を、テクノロジーを活用して解決しようとする事例も出てきました」と話す。

「VR(仮想現実)の技術を使って、バッターがヘッドマウントディスプレイを装着して映像を見ながら、実際に投手が投げる球種、球速などの情報をリアルタイムに再現してバッティング練習に活用する球団も出てきました」(金沢氏)

これを受け神事氏も、今は人が行っている「セルフコーチング」は、AI(人工知能)を用いた対話インターフェースによって自動化される可能性があると指摘する。そうしたテクノロジーの進化に加え、「人の認識に関する研究」が今後進むことで、そこで得られた知見を練習に生かしていく可能性もあるという。

「人間の眼球の動き、横方向や奥行きを認識するためのメカニズムの研究が進んでおり、脳の認識に関するメカニズムが解明されることにより、打者を打ち取る確率を高める方法が、今までとは違う切り口で提示できるようになります」(神事氏)

一流選手のノウハウをAIが学習し、選手育成に生かす未来は来るのか

今後さらにデータ活用が進むと、たとえば「過去のデータから、その選手の未来の活躍を予測する」ことは可能になるのだろうか。

データが十分に蓄積されれば、未来予測も不可能ではなさそうに思えるが、現実的にはハードルが数多くある。まず、新人や外国人選手の「未来の成績予測」に関しては難しい。日本ではプロ野球以外のリーグや組織における詳細データが未整備で、データをそろえるのが難しいといった問題があるためだ。

そして、難易度がもっとも高いとされるのは「出場機会の予測」だ。個人成績はどれだけ試合に出場したかに左右されるが、出場機会はチーム事情にもよるので予測が難しく、現状は、チーム内の過去の「似たタイプ」の選手に当てはめて予測するという。

しかし、データが蓄積されている選手の能力そのものに関しては、ある程度の推定は可能だ。たとえば投手であれば、その投手が何イニング登板できるかを予測するのは難しいものの、「これくらい登板すれば何勝できる」という予測は十分可能とのことだ。さらにトラッキングデータを使うことで、投手の活躍予測はより精度が上がると考えられている。

「一球投げてもらえば、過去のデータから『この投手に近いタイプだ』というのがわかります。将来的には、プロ入り前のスカウティングで、将来の成績が予測できる時代が来るのではないでしょうか」(神事氏)

未来予測だけでなく、「未来を作る」という意味では、一流選手のノウハウ、行動をAIで学習させ、選手のトレーニングや育成に生かすことがサービス化される時代が来るだろうと金沢氏は説明する。

対談者同士のツーショット

その際には各選手の言葉や行動など、まだ取れていないデータも必要となる。現時点ではサンプルとなるデータの絶対量が少ないため、まずAIに学習させる「教師データ」を整備していくことが当面の課題だ。また、「選手に負担のかからない方法でデータを取得していく技術面の課題も解決したいですね」と金沢氏は話す。たとえば、ユニフォームに小型のタグを付けたり、サングラスにカメラが内蔵したりして、選手に負担なくデータを集める方法が検討されているという。

一流選手の目に見えないノウハウなどを若手選手に継承していくためには、データの収集、計装機器などのデバイスの開発を含め、「現実的には、大学などの研究機関が、プロ野球の球団と協力しながら時間をかけて研究していく形になるのではないか」と金沢氏は語る。この展望に神事氏も「ぜひ、前向きに取り組んでいきたいですね」と意欲を見せた。

今後、野球に限らず、客観的なデータを収集・活用し「強い選手やチーム」をつくる取り組みがスポーツ全般で普及していくことになるだろう。

注釈:
(*1)WAR:セイバーメトリクスによる指標のひとつで、野球選手の走攻守を総合評価する。同ポジションの控え選手と比較してどれだけ勝利に貢献できたかを示す。
(*2)TrackMan(外部サイト)

プロフィール

國學院大學 准教授 神事 努氏

中京大学大学院でバイオメカニクスを専攻。「投球されたボールの軌道や回転数、回転軸の科学的に解明する」ことが研究テーマ。国立スポーツ医学センターを経て、2015年から現職。

データスタジアム ベースボール事業部 アナリスト 金沢 慧氏

大学時代に野球専門ライターとして活躍し、データスタジアムに入社。現在はアナリストとして試合結果のデータを分析・解釈して各チームに提供するほか、各メディア向けに寄稿記事も執筆。

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