マーケティング戦略

アウディが進める消費者視点の顧客体験[前編]――ブランド価値をどう可視化するか

記事内容の要約

  • ブランドは「資産」。PL視点ではなくBS視点で長期的に構築するもの
  • タッチポイントでなく、結果として生まれるエクスペリエンスに目を向ける
  • ブランド体験の相対的な強さをとらまえるための手法「CxD」
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ブランディングにおいて、カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)の向上が不可欠だと感じているマーケターは少なくない。しかし同時に、消費者が、いつどのようにブランドに触れて何を感じたのか、果たして自社は消費者の体験を高める施策を行えているのかと悩むことが多いのではないだろうか。

カスタマーエクスペリエンス向上を考える際よく用いられる手法に「カスタマージャーニーマップ」があるが、これに異を唱える人物がいる。アウディ ジャパン株式会社 マーケティング本部 デジタル&CRMマネージャーの井上大輔氏だ。同氏は、カスタマージャーニーマップに替わるものとして「カスタマーエクスペリエンスダイアリー(CxD)」という手法を提唱している。

カスタマーエクスペリエンスダイアリーとは、どのような目的をもって、どのように使うべき手法なのか。同氏に話を聞いた。

ブランドには資産価値がある

――井上さんが提唱されている手法「カスタマーエクスペリエンスダイアリー(以下、CxD)」のお話の前に、まずは担当されている業務についてお聞かせいただけますか。

井上:私は今、アウディジャパンにおけるCRMとデジタルマーケティングの領域を統括しています。弊社のデジタルマーケティングは、ほぼブランディング領域と直結するので、アウディのブランド価値を高める役割を担っているともいえます。

――「ブランド価値の向上と、カスタマーエクスペリエンスの向上は関係が深い」ともよくいわれますが、ブランドの持つ価値をどのように捉えていらっしゃいますか。

井上:ブランドの話になったとき、僕がよくいうのが「ブランドはP/L(損益計算書)ではなく、B/S(貸借対照表)上の資産のようなものだ」ということです。たとえば、ある年にホテルが宿泊施設を増床し、それに1億円かけたとします。その場合、年度末になって「増床に1億円かかったから、その分、1億5000万円の利益を出したよね?」とは言われないですよね。

ブランドというのも、年度ごとで「いくらもうかった」、「いくら損した」と、収支を見るものでは必ずしもないんです。ブランディングに投資するというのは、時間をかけて収益が上がる仕組みをつくるということです。

そのため、CRMもそうなのですが、ブランドというのは資産のような価値のあるものとして長期的に構築すべきなのです。


アウディ ジャパン株式会社 マーケティング本部 デジタル&CRMマネージャー 井上大輔氏

ブランド体験を可視化するためのCxD

――井上さんが提唱したCxDは、“ブランド価値を高めるためのカスタマーエクスペリエンス”を可視化するために考案されたということですが、どのような手法なのでしょうか。

井上:CxDは、消費者が1日に経験するあらゆる「ブランド体験」を時系列で書き出すことで、消費者がいつ、どのようなところで、“どの程度の強度”でブランドを体験したのかを可視化し、そこから強いブランド体験が生まれる接点やモノを考えようという手法です。書き出すブランド体験は、自社製品についてのみではなく他社製品も含めたうえで、相対的に評価します。

――ブランド体験とは?

井上:消費者がブランドと接するあらゆる点のことです。これは広告に限りません。たとえば、僕がいま履いている有名ブランドのスニーカー。靴ひもをいくらしっかり結んでもすぐにほどけてしまい、イライラするんですよ(笑)。悪い例になってしまいましたが、これもひとつのブランド体験です。こういうのはどんな広告よりも強く消費者のなかに残りますよね。

――“ブランド体験の強度”とはどのように定義されているのですか?

井上:消費者がブランドを体験するときには、4段階のインテンシティー(強度)があると思っています。たとえば、消費者の心に強く残って人に話したくなるようなブランド体験が最上級だとすれば、毎日歯磨きしているときに使っている歯ブラシなどは大して意識していないはずなので、ブランド体験は弱いといえます。CxDは、消費者のブランド体験を時系列で書き出すとともに、どの程度の強さでそのブランドを体験したのか、その大きさも見るのです。

消費者がブランドを体験するときには、4段階のインテンシティー(強度)があることを表す図

CxDを描いてみると、「われわれが日々行っているマーケティング活動がもたらすエクスペリエンスは、どのくらいの強さをもっているのか」ということが相対的に見えてきます。また、おそらく消費者が1日にどれだけ多くのブランド体験をしているのかというボリューム感にも驚きます。われわれの施策がもたらす体験というのは、あくまで数多くあるブランド体験のなかのone of themです。CxDを通じて、リーチやタッチポイントという視点ではなく、体験視点で見たときの、自社の施策のインパクトが客観的に見えてきます。

――CxDは1人で考えて描けるものなのでしょうか。1日の生活の中でブランドをどう意識したかは、何人もの意見を集約してわかる気がするのですが。

井上:最もいい方法はデプスインタビュー(*1)やフォーカスグループインタビュー(*2)を行うことですが、そこまでしなくても自分も含めて家族、ターゲットに近い同僚や友人など、身近な人の体験を洗い出してみるだけで、たくさんの気づきが得られると思います。

CxDを描くとメディアの捉え方が変わる

――CxDを描くと、どのようなことがわかるのでしょうか。

井上:まず、強いブランド体験というものが、どういう場でどういうときに生まれるのかが見えてきます。スニーカーのブランドであれば、ある時点で接触した広告よりも、靴ひもがほどける体験のほうが、よりインテンシティーが高いということがわかるのです。先にも話しましたが、そうやって、日々自社で行うマーケティング活動がどれだけブランド体験として影響するかを認識できれば、メディア広告などのコミュニケーションの見直しが図れますし、今までメディアとして見ていなかったものをメディアとして捉えることもできるようになるのです。

たとえばここにAudi R8(*3)のボールペンがあります。これは、高級感のある重量に設計してあるんです。もし、このボールペンの持ち主が誰かに「このボールペン何?」と聞かれたら、「R8っていうアウディの高級車があってね…」と話し始めて、そこからストーリーが生まれる。つまりボールペンがメディアになるのです。

Audi R8のボールペン

タッチポイント視点からエクスペリエンス視点へ

――CxDを発想するに至ったきっかけは何ですか?

井上:いろいろありますが、Audiのブランディングを行っていくうえで新しい視座が必要だったということが、一番大きな要因ですね。実際にCxDを描くとわかるのですが、マインドが「タッチポイント視点からエクスペリエンス視点へ」と切り替えられます。

われわれマーケターは、タッチポイント視点でメディアを考えがちなんです。消費者との接点をつくっただけで満足してしまっていて、そこでブランド体験は生まれているのか、どのようなブランド体験がどれだけの量で生まれているのかまでは、考えが及んでいないことが多い。CxDを描いてみることで、「“接点をもつこと”と“ブランド体験を生むこと”はイコールではない」という、当たり前だけど抜け落ちがちなことを再認識できます。

タッチポイントからは「どのくらいの消費者に見られたか」というリーチは計測できますが、リーチした後にエクスペリエンスが生まれたかどうかは定量化できません。たとえば「高級車といったらアウディが思い浮かぶ」といった純粋想起のスコアがどれだけ向上したかを把握したいとき、通常であれば、マーケティング活動全体の成績発表としてBTS(brand tracking survey) (*4)を実施するまで待つしかなく、それもブランドエクスペリエンスがもたらした結果(態度変容)でしかない。あくまで目安としてですが、施策が生み出すブランド体験を相対的に、おおよそではあるけれども予想できるのがCxDの効用です。

CxDの作業と議論は、数時間もあればできます。いってみれば、CxDは、短時間でエクスペリエンスを捉え直す、コペルニクス的転回をもたらす試みなのです。よく、顧客の行動を可視化しようという点で「カスタマージャーニーマップ(*5)と同じでは?」と思われるのですが、カスタマージャーニーマップはタッチポイント視点=企業視点でつくられたものなので、両者はまったく違います。

――それでは、「カスタマージャーニーマップ」とのもっと具体的な違いや、実際のCxDの活用事例について、引き続き話を伺いたいと思います。

この記事の後編を読む

注釈:
(*1)デプスインタビュー:対象者と調査者が1対1で対話をしながら、対象者の行動の動機付けなど、本人の意識していないところまで深く掘り下げる定性調査
(*2)フォーカスグループインタビュー:8~12人程度のグループを1部屋に集め、特定の商品などについてインタビューを行う形式の調査
(*3)「Audi R8」(外部サイト)
(*4)BTS(brand tracking survey):ブランドについて、一定期間、認知やイメージなど同一内容で実施する調査のこと
(*5)カスタマージャーニーマップ:「認知」「関心」「欲求」「購入」など消費者が商品やサービスなどを購入にいたるプロセスのこと

プロフィール

アウディ ジャパン株式会社 マーケティング本部 デジタル&CRMマネージャー 井上 大輔氏

Yahoo! JAPANプロデューサー、ニュージーランド航空オンラインセールス部長、LUX/Dove/Liptonなどを手がけるグローバルFMCG企業ユニリーバでのEC&デジタルマーケティングマネージャーを経て現職。業種や業界、企業の国籍をまたいだマーケティングの実務経験をもとに、IMC・ブランディング・ダイレクトレスポンスと幅広い領域を守備範囲とする。

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