組織づくり・人材育成

敏腕マーケターが中川政七商店に転職した理由[前編]

記事内容の要約

  • お客さまに提供する価値を向上させ、わずらわしさをなくすことがマーケターの仕事
  • 小売店にとってオムニチャネル化を進めることは、「経営基盤の見直し」に等しい
  • 顧客体験とブランド価値は、データ起点ではなく顧客起点で考える
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東急ハンズのオムニチャネル推進統括を経て、工芸品の製造・販売を手掛ける中川政七商店のCDO(Chief Digital Officer)に就任した緒方恵氏。1716年創業の老舗企業である中川政七商店が、デジタルマーケティングに本腰を入れるとあって、大きな注目を集めている。転職にあたり、業界内外から引く手あまただった緒方氏は、なぜ中川政七商店を選び、CDOとしての道を歩む決断に至ったのか。そして中川政七商店が目指すデジタルマーケティングの未来像について話を聞いた。

実は「マーケター」という言葉が苦手だった

緒方氏のキャリアのスタートは東急ハンズのバイヤーだ。家電・照明製品の担当を経て、iPhoneの登場以後はスマートフォンアクセサリーの買い付けを担当していたところ、ウェブチームへと異動になったのだという。

「自分自身がマーケターだという自覚は今もあまりなくて。東急ハンズ時代にやっていたのは、ウェブとテクノロジーの力を使って、サイトの使い勝手ひとつにしても『お客さまに提供できる利便性や価値を向上させて、わずらわしいところをなくしていく』ということだけなんです」と緒方氏は語る。

東急ハンズ時代には、他社に先駆けていち早く公式Twitterなどのソーシャルアカウントを開設した。またポイントカードや商品の在庫検索・注文などの機能が盛り込まれた『東急ハンズアプリ』を開発してオムニチャネル化も進めるなど、数多くの実績を残してきた。そんな緒方氏が転職を考えたのは、店舗管理部門への人事異動の内示がきっかけだった。

昨今、デジタル化の必要性を感じている小売店は、大型チェーンを中心に多くある。しかし、対面接客にやりがいを感じる生え抜きの社員が、「店舗を離れてウェブ担当になりたい」とはなかなかならない状況もある。必要性は感じつつも、デジタル化をうまく推進できていない企業が多い、と緒方氏は常々考えていた。

「東急ハンズでは、いろいろやらせてもらえました。僕自身、デジタルについていろいろ勉強できたし、学びを実践する土壌もあった。でも他企業ではそううまくいかないところも多い。逆にいえば、そういった企業は伸び代がすごくあるということなんです。それをどうにかしたいと思いまして。自分のキャリアの中で、もっとデジタルの道に進みたいということもあり、転職することにしました」

ビジョンに共感して中川政七商店へ入社

東急ハンズ退社後、さまざまな企業からアプローチがあったが、最終的に緒方氏が選んだのが中川政七商店(*1)だ。最先端のテクノロジー企業からの魅力的なオファーを断り、入社することを決めたという。

「エージェント経由で声をかけてもらい、直接中川社長と話すことになったのですが、話を聞いてみたら、社長の話に心の底から共感できたんです。どんな会社で働くべきか悩んでいたのですが、それが一気に吹き飛びました。社長と話し始めて15分後くらいには入社の意志は固まっていましたね」

中川政七商店は、もともと奈良県にある小さな工芸品メーカーだった。そんな企業が表参道や銀座に出店するのは異例なことだ。小売業界の間で一躍有名な存在となったのは、現社長である十三代 中川政七氏が就任してからだという。

「弊社は、店舗数も順調に伸びていますし、一見すると順風満帆だと思われがちです。でも社長は強い危機感を持っていたんです。『中川政七商店の理念は、“日本の工芸(全体)を元気にする”ことだ。自社だけ成長してもだめなんだ!』と。この言葉にとても共感しました。弊社の取り扱う工芸品は、たとえば糸を作る人・縫う人・編む人といったように、多くのサプライチェーンが連なっていて、1つでも欠けると商品はできません。跡継ぎ問題や売り上げ縮小で悩んでいる職人さんも多いなか、自社だけでなく市場全体を盛り上げようとしている中川社長と働きたい、と入社を決めました」


株式会社中川政七商店 執行役員 Chief Digital Officer デジタルコミュニケーション部 部長 緒方 恵氏

オムニチャネルが小売業にとって重要なキーワードであるという考えは、東急ハンズ時代から変わっていない。緒方氏が託された仕事は、中川政七商店がデジタル化を進めた先にある未来像を描き、そこに到達するまでのステップを明確に示すことだった。

小売りにとってのオムニチャネルとは

一般的に複数の店舗を抱える小売業は、店舗間の競争によって社内で顧客を奪い合うといった状況に陥りがちで、そのことがビジネスの成長を大きく阻害することも多い。「日本の工芸を元気にする!」というビジョンをもつ中川政七商店は、工芸を盛り上げるイベントを開催したり、職人気質な伝統企業の経営コンサルティングを行ったりして業界を支援・けん引していくためにも、オムニチャネルに取り組んで自社を継続的に成長させる必要があった。

「オムニチャネルを成功に導くためには、主語を“お客さま”に変えることが必要だと考えています。各店舗の売り上げをKGI(重要目標達成指標)に置いてしまうと、どうしてもネットストアを有効活用できない。全社の売り上げをKGIとした上で、お客さまにとって“便利”な環境を提供するためにどうすればいいのかと考えることが、オムニチャネルの原点です」と語り、オムニチャネル戦略を推し進めることは、経営基盤を見直すことに等しい、緒方氏は強調した。

それは、組織面においても同様だ。以前は、販売促進・マーケティング・ネットストアといった役割が別部門に分かれていたが、緒方氏が入社前に「デジタル化を進めるにあたって、部署間での壁を軽減するためには、1つの組織で見たほうがいい」と社長に提言したという。結果として、入社時には組織編成が変わっていたそうで、この辺りも社長の迅速な判断と行動力に驚かされたそうだ。


中川政七商店オンラインショップトップページ

「オムニチャネルは、やるかやらないかで語るような話ではない。推進しないとお客さまがどんどん離脱するだけです。ネットで店舗の在庫検索ができたほうがいいし、取り置きもできたほうがいいし、サイトの表示速度も1秒でも速いほうがいい。そうしたお客さまにとっての“便利”の追求と利益率のバランスをどう取るかという本質的な議論をしていかないといけません」(緒方氏)

顧客体験の起点はデータではなく「お客さま」

一方で、老舗ブランドだからこその悩みもある。オムニチャネルの要の1つであるオンラインとオフラインの顧客IDの統合が進んでいないのだ。店舗で顧客情報を取ってIDを付与するには、来店ポイントなどの発行が避けられない。しかし、ポイントを発行した途端にチープな印象を与え、中川政七商店のブランドを毀損(きそん)しかねない。

「マーケターは、何かとすぐに『オンラインとオフラインの顧客IDを統合せねば!』『ポイントを発行してPOSデータを取得・分析しなければ!』と考えてしまうけど、利便性が伴わなければそれはお客さまにとってはどうでもいいことなのかもしれない。ネットストアでレビューが付いている商品はコンバージョンが15%上がるというケースも見てきましたが、高級ブランドのネットストアにレビューが付いているのは違和感がありますよね。データは仮説を検証するための判断材料になりますが、データだけを起点に顧客体験作りを考えるのは、本末転倒な気がしています。オムニチャネルのバランスをどう取っていくのかが、悩みどころです。中川政七商店らしいオムニチャネルの在り方を毎日考えています」と苦悩を明かしながらも、今もっとも力を入れている取り組みについて語ってくれた。

その詳細は、後編で紹介しよう。

この記事の後編を読む

注釈:
(*1)中川政七商店(外部サイト)

プロフィール

株式会社中川政七商店 執行役員 Chief Digital Officer デジタルコミュニケーション部 部長 緒方 恵氏

東急ハンズにてバイヤーなどを経てWEBチームに異動。ECサイト運用、デジタルマーケティング、ソーシャルメディア、新規デジタル施策開発を担当。2016年5月に退社。同年8月に株式会社中川政七商店に入社し、現在同社のWEB/デジタル領域を統括。

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