マーケティング戦略

JALに学ぶ市場開拓の一手――『どこかにマイル』が演出するセレンディピティ

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マイルをためて、行きたいところへ旅行に行く。ごく基本的なマイレージプログラムの利用方法だが、これが「通常の半分以下のマイル」で往復航空券が手に入るかわりに、「行き先は航空会社におまかせ」となると、通常の旅行とはまったく趣向が変わってくるだろう。

日本航空株式会社(以下、JAL)が株式会社野村総合研究所(以下、NRI)との共同開発により2016年から開始したサービス「どこかにマイル」は、“行き先を決めてもらう旅行”という新しい発想のもと、テクノロジーを活用して航空会社の抱える課題を解決しながら、利用者にも今までにない体験を提供している。

その裏側にはどんな仕掛けがあるのか。日本航空株式会社 路線統括本部マイレージ事業部主任 堀切輝一氏、株式会社野村総合研究所サービス・産業ソリューション事業本部 産業システムデザイン部 上席システムコンサルタント 新井朗氏、NRIデジタル株式会社 シニアコンサルタント 中村博之氏に話を聞いた。

ニーズを創出する、新しい形の旅行

「IT部門発のイノベーションを起こしたい」

2014年に、JAL側からNRIに相談が持ちかけられた。国内旅行の新たなマーケットを開拓し、国内線の座席利用率を高めたい――。

当時、JALの国内線の座席利用率は7割程度あり、座席をもっと有効活用できる余地があると考えていた。また国民1人あたりの国内旅行回数・宿泊数がともに減少傾向にある(*1)など、国内旅行の需要も低迷していた。そこで相談を受けたNRIが、JALの持つ課題と国内旅行の状況を踏まえて、新たな需要の創出、今までにないスタイルの旅行を作り出そうと考えて提案したのが「どこかにマイル」の原型だ。

どこかにマイルのトップページ

ディスカウントともミステリーツアーとも異なる「発見のある旅」が魅力の『どこかにマイル』(*2) 

はじめに「行き先はおまかせの旅行」というアイデアは浮かんだ。しかしそれは今までにない航空サービスの形であるため、参考にできるものがない。当初はニーズがあるのかさえわからなかったため、グループインタビューなどの調査を徹底的に重ねることになった。すると「どこかに行きたいけど自分で決められない」という声のもと、"決めてもらう旅"へのニーズがあることが明らかになったのだ。これはJALにとっても新しい発見だったという。

「最近は自分に似合う服を選んでくれるサービスなどもあるくらいですから、意外と“決められない人”は多いということでしょうか。“決めてもらう”ということが、サービスにおけるひとつの価値として今、求められているのではないかと思います」(堀切氏)


日本航空株式会社 堀切輝一氏

「4択のワクワク感」の裏側

「どこかにマイル」についてもう少し詳しく説明しよう。

まず利用者は、「どこかにマイル」申し込みサイト上から、往路復路の日時と人数を指定して検索する。すると、4つの行き先候補地が表示されるので、利用者はそれら候補地に納得したら申し込み画面に進む。検索し直すこともできるが、1日に検索できる回数には上限がある。最終的な行き先は、申し込みから3日以内に決まり、通知が届くようになっている。候補地検索は何回も行えるが、一度申し込んだらキャンセルはできない。利用者が事前に確認した4つの候補地のなかから行き先が決まるため、当日まで行き先が分からないミステリーツアーと違って、事前に候補地の情報を収集したりできる点が大きな特徴だ。

4択画面

表示する画像は、なじみのある観光地であっても一般的なものとは異なる視線で撮影され、人の手によるキュレーションが加えられた上質なもの

行き先候補地は、美しい写真によって4つ同時に紹介され(PC版)、1つの行き先に対して最大3枚の写真が自動切り替え表示されるが、ここに旅の意欲をかき立てるための仕掛けがある。

「裏側にはかなりの枚数の写真を用意してあります。表示する画像は季節性などを考慮しているほか、グルメ・温泉・絶景などさまざまなジャンルから利用者の興味関心に合う写真を表示させるためにパブリックDMPを活用しています。そのほかにも、候補画面の表示にはNRIが持つ特許技術も活用しています」(新井氏)

パブリックDMPなどを活用することで、ある程度利用者の興味に沿う画像を表示するようにしているが、あまり厳密にレコメンドしすぎないように配慮したそうだ。あくまで「どこかに」という不確定要素を押し出しつつ部分的にデータを活用することで、利用者自身が「自分の潜在的に好きそうな場所(や特産物)」を発見しやすくなり、ランダムともレコメンドとも違った「セレンディピティ(偶然の出会い)」が“演出”されているのだ。

候補地を表示させる仕組みには、過去データの分析結果も反映されている。

「表示した4つの候補地には、必ず往復の空席がなくてはなりません。友人と一緒に申し込まれる方もいるので、人数が増えれば候補地の提示も難しくなりますし、閑散期もあれば週末に集中する傾向もあります。どうしても空席がなければ、『この条件ではご用意できません』とメッセージを出しますが、なるべく多くの日程で利用していただけるよう過去のデータを使ってシミュレーションを行いました」(中村氏)


NRIデジタル株式会社 中村博之氏

マイルを使ってもらうことで顧客ロイヤルティーを形成

現在までの実績を見ると、幅広い層に利用されているという。時間に余裕のある高齢者、あるいは旅行先の相談がまとまらない友人同士、といったように多くの人々に利用されているシーンが想像できると、堀切氏は顔をほころばせる。

「国内初の新しいサービスですので、一部の人たちに支持されればいいな、くらいに思っていました。しかし実際には、広く受け入れられた形となり、うれしく思います」(新井氏)

利用者層を広げている理由の一つが、6000マイルで往復航空券が入手できるというハードルの低さだ。通常なら1人で飛ぶにしても1万2000マイル以上は必要だが、「どこかにマイル」であれば家族3人でも合わせて1万8000マイルで旅行できる。この大胆な設定によって、これまであまりマイルを使っていなかったライトユーザー層にも利用される傾向が出ているという。


株式会社野村総合研究所 新井朗氏

「今回、JALさんと仕事をする中で勉強になったのは、マイルを使ってもらうことの意義についてです。正直、『マイルが使われないほうが、発行元としては得しているのではないか?』と思っていたのですが、そうではないんですね。ためて使ってもらい、またためてもらうというサイクルこそが、ロイヤルティープログラムのあるべき形なのです」(新井氏)

マイルが使われないまま失効すると、一見、発行元にとって経営的に有利かと思える。しかし、使われなかったということはよい顧客体験を提供できていなかったということであり、最終的には顧客離れにつながってしまう。使ってもらうことでロイヤルティーを高めるという意味では、「どこかにマイル」の戦略的な設定が幅広い層に届いたといえるだろう。

マイルがもたらす地域振興

「どこかにマイル」の利用者数は、昨年12月のサービス開始から取材時点(2017年8月)までで約3万5000件となっており、堀切氏によれば「想定よりも好調」に伸びているそうだ。また同時に、国内線の利用者数も増加していることから、従来の国内旅行ニーズを奪うことなく、新しい旅行需要の創出につながっていることがうかがえる。日頃あまり飛行機を利用しない人が、これを機に利用することで「またJALを利用したい」と感じたり、同社の調査でJALを利用する理由に「『どこかにマイル』があるから」という回答がみられたりするなど、顧客ロイヤルティー向上の面でも良い循環が生まれている。

また、SNS上でのクチコミも広がっている。「どこかにマイル」の利用者は、現地の景色や食事の写真も投稿することも多いが、旅行先の写真だけでなく、申し込み段階で候補地のキャプチャーを撮って投稿したり、行き先が決まればそれを投稿したりするなど、「どこかにマイル」で得た体験を丸ごと共有する人も多い。

「利用者に聞くと、『本当は別の候補地を希望していたが、決まった旅先に行ってみたらすごく良かった』という声が少なくありません。こんなに面白い場所があるのだという発見からファンになってもらったり、SNSで拡散してもらったりすることは、地域活性化にとって非常に重要なのです」(中村氏)

国内にはまだまだ面白い地域がたくさんある。しかし、旅行先にはどうしても定番の場所が選ばれがちで、訪れてもらうきっかけがなかなか作れないでいるケースも多い。社会の課題の一つとなっている地域創生の面で、「訪れてもらう最初のきっかけを、われわれ航空会社がつくれたらと思います」と堀切氏は言う。

利用者の利益と地域創生に役立ち、同時にJALの課題解決も実現した「どこかにマイル」。だが、現在の評価に安住するつもりはない。

「さらにお客さまの心に響く体験を届けたいと思っており、それを進化させるのが僕の仕事です。お客さまの声やさまざまなデータなどを踏まえた上での新たな取り組みを考えていますので、ぜひご期待ください」(堀切氏)

注釈:
(*1)2014年度時点・観光庁調査(外部サイト)
(*2)どこかにマイル(外部サイト)

プロフィール

日本航空株式会社 路線統括本部 マイレージ事業部 主任 堀切輝一 氏

株式会社野村総合研究所 サービス・産業ソリューション事業本部 産業システムデザイン部 上席システムコンサルタント 新井朗氏

NRIデジタル株式会社 シニアコンサルタント 中村博之氏

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