マーケティング戦略

キリンのマーケティングが進化を続ける理由[前編]――「お客さま主語」への転換

記事内容の要約

  • キリンのデジタルマーケティング部は、全社的にデジタルマーケティングを推進するため、各ブランドのデジタルマーケティング業務を切り出す形でつくられた
  • 2015年に構築したプライベートDMPによって、オンライン・オフラインを問わず顧客のさまざまなデータを蓄積し、顧客理解を深めてきた
  • プライベートDMPと、調査会社など外部のDMPと連携することにより、新たな気づきを得ることができた
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キリン株式会社は、2015年、他社に先駆けてプライベートDMPの構築に取り組み、最近では外部DMPも積極的に活用するなど、デジタルマーケティングの分野における取り組みでは常に注目を集めている。

マスマーケティングが中心といわれる飲料業界にあって、データを活用することで、どのようにしてマーケティングを変革し、顧客との関係構築のあり方を変えたのか。キリンのデジタル施策におけるビジョンとそれを実現するための戦略について聞いた。

顧客中心のマーケティングへ

多くの企業にとって、マス広告頼みのマーケティングプランは考え直す時期に来ている。届けたい情報だけを発信するというマーケティングが通用しなくなってきているからだ。複数のデジタルデバイスを使いこなすことが日常となった今、消費者は、膨大な情報の渦のなかから「自分のためになる情報」だけを瞬時に選別することにたけている。いくら企業が「あなたにとってお得な情報です」と発信したところで、消費者がその情報を求める瞬間を見誤ってしまえば見向きもされない。

2014年、キリン株式会社(以下、キリン)(*1)は、「キリン主語からお客さま主語へ」を合言葉に、顧客中心主義のマーケティングコミュニケーションへの抜本的なシフトをはじめた。「マス広告を使い、伝えたいメッセージを発信する」という従来型のマーケティングではなく、「消費者の求める情報を、適切なタイミング、適切なタッチポイントで伝える」マーケティングへの方向転換だ。

キリンはこの変革を成功させるために、デジタル活用を推進する専門部隊が不可欠だとして、デジタルマーケティング部を設立した。同部には、キリンビール、メルシャン、キリンビバレッジといったキリンブランドの国内飲料事業それぞれのマーケティング部から、デジタルマーケティング業務が切り出され、集約された。

デジタルマーケティング部のミッション

顧客中心のマーケティングの実現に向けて、デジタルマーケティング部が掲げたミッションは、「従来のマーケティングプロセスを、データの力で高度化する」というものだ。キリン株式会社デジタルマーケティング部主査の宮入一将氏はこう語る。

「データをうまく活用すれば、適切なタッチポイントで、お客さまの心を動かすコンテンツが届けられます。そして、接触したお客さまを把握して管理することで、施策を単発で終わらせずに、継続的にアプローチできるのです。ここでいうタッチポイントは、ウェブに限らず、テレビやオフラインイベントも含んでいます。たとえば、キリンビールの工場に見学に来て、よい体験をされたお客さまがいらっしゃるとします。しかし、キリンビールに対して好意的な感情を抱かれたのがその瞬間だけでは、マーケティングとして成功とは言いづらいですよね。でも、もし工場見学の後、お礼のメッセージとともに、お客さまと継続して関係を構築できる仕組みができれば、お客さまと弊社の距離は縮まるはずです。

このような統合型マーケティングを実現するためには、お客さまのことをもっと知らなくてはなりません。お客さまの行動や意識に関わるデータを収集して活用すれば、マーケティング全体の最適化が図れると思いました」


キリン株式会社デジタルマーケティング部主査 宮入一将氏

プライベートDMPがキリンに導入されたのは2015年のこと。しかし、宮入氏の発言から、2014年のデジタルマーケティング部の発足当初から、DMPを中心に据えたマーケティングの構想があったことがうかがえる。

ただ、当時のキリンはマスマーケティング中心の企業で、デジタル施策自体を行ったことがほとんどなかったという。

「前例や参考例がないという状態だったので、まずはデジタルのなんたるかを知るためにも、とにかくひたすら施策の手数を増やしました。そして施策を打ち続ける裏側で、地道にデータを蓄積していったのです。そして2015年に、ようやくプライベートDMPの導入にまでこぎつけました」(宮入氏)

DMPで実現する「ROIの可視化」

キリンが目指すマーケティングとは、顧客と長期的で良好な関係を構築することだ。そのため、マーケティング施策を単発で終わらせず継続的に実施できるよう、顧客一人ひとりのデータを収集・管理できるプライベートDMPの導入は必須だった。

「プライベートDMPの構成を概念的にいうと、顧客IDをシングルソース化(*2)して、“キャンペーンに参加した”、“工場見学に来た”といったフラグを立てていくイメージです。IDを軸にしてデータを見ていくと、お客さまがどんな人なのかが、浮き彫りになってくる。それをもとによりよいコミュニケーションを重ねるのです」(宮入氏)

キリンのDMPは、ユーザーの行動履歴に応じてさまざまなフラグを立て、ユーザー像を浮かび上がらせることによって、よりよいコミュニケーションの実現を図っている。
キリンのDMPの概念図

DMP導入の真の狙いには、「統合的なROIの可視化」があるという。そしてその背景には、従来のキリンで行われてきたマーケティングの形がある、とデジタルマーケティング部主務の行縄修氏は語る。

「弊社はマス中心にマーケティングを行ってきた会社でした。そのため、テレビCMに長年力を入れてきた歴史があります。そうすると、新商品が失敗に終わったときに『CMがダメだから、売れなかった』となりがちだったのです。しかし、新商品はそもそもの認知がないですし、認知を取れたからといって売れるわけでもありません。テレビCMが果たす役割と、店頭施策が果たす役割などを踏まえて、『売れなかった本当の原因はなにか』を把握したかったのです。それがわかれば、それぞれのチャネルが果たす役割と効果を明確にできて、適切な予算配分も可能になりますから」(行縄氏)

同社のプライベートDMPに格納されているのは、自社で保有する顧客データだけではない。「人々が生活のなかでキリンに関わることなど、ほんの一部」だとして、調査会社のパネルや、テレビメーカーが保有する視聴データなど、外部のDMPと連携することにより、顧客に対する理解を促進している。その成果として、行縄氏はアルコール飲料「氷結(R)」の事例をあげた。

「テレビCMが実際の購買にどこまで影響を与えたのか可視化しました。通常、販促目的であれば、テレビCMよりもプレゼントキャンペーンなどのほうが購買に結びつきます。しかし、一時話題になった、さかなクンがクールにサックスを吹いている『氷結(R)』のテレビCMは、ちゃんと購買につながっていることがわかったのです。一方で、モバイル上で実施したプレゼントキャンペーンは購買につながりましたが、応募者の内訳を見てみると『氷結(R)』のターゲットである20~30代ではなく、50~60代の応募が多かったことが判明しました。さらに、その後のリピートの有無まで追ったところ、『プレゼントキャンペーンは、既存ユーザーの再購入の促進に向いている』ということもわかりました。外部DMPとの連携によって、各施策でリーチできたお客さまの単純なボリュームだけでなく、最終的な購買の有無や、お客さまの属性、種別まで見えてくるのが、データを活用してよかったところですね」(行縄氏)


キリン株式会社デジタルマーケティング部主務 行縄修氏

目指すは広告配信メニューの構築

マスマーケティングとデジタルマーケティングの最適な組み合わせを模索するなかで、テレビCMのリーチやフリークエンシーをウェブ動画で補完できないのか、という実証実験もはじめている。また、今はウェブ動画ではテレビCMのクリエイティブを流用しているが、今後はウェブ専用の動画を制作して、クリエイティブの最適化も行っていくという。最終的には、テレビの視聴データをもとにデジタル広告配信を最適化する、広告配信のメニューをつくっていきたい考えだ。

ここまでの話を聞くと、キリンはデジタルシフトに成功し、顧客中心マーケティングの実現にむけて順風満帆にまい進しているようにみえる。しかし、その裏では、デジタルシフトに向けた社内協働体制や、「飲料のような低額消費財はマーケティングが難しい」という常識を打ち破らなければいけないなど、一筋縄ではいかない苦労があった。後編では、デジタルマーケティング部が抱えていた課題と、それに立ち向かう同部の取り組みに迫る。

前編を読む | 後編を読む

注釈:
(*1)キリン株式会社(外部サイト)
(*2)シングルソース:同一人物について、その属性や商品の購買履歴、メディアとの接触履歴などさまざまな側面から収集したデータ

プロフィール

キリン株式会社デジタルマーケティング部主査 宮入 一将氏

新卒でキリンビール株式会社に入社。入社後、自社システムの導入・運用から情報戦略の企画立案、グループIT会社の経営企画など、IT関連業務に従事し、2014年1月よりデジタルマーケティング部に配属。現職では、デジタルマーケティングにおけるデータとITの統括を担当。

キリン株式会社デジタルマーケティング部主務 行縄 修氏

ネットリサーチ・サービスの運営、POSデータ分析や各種定性・定量調査の分析・提言を通じたブランド・マーケティング支援など、長期にわたりリサーチ関連業務を担当。昨年秋からはデジタルマーケティング部で顧客データ活用方法(施策効果の見える化など)の開発に取り組む。

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