マーケティング戦略

キリンのマーケティングが進化を続ける理由[後編]――ハンディをどう乗り越えるか

記事内容の要約

  • キリン商品のマーケティング施策の実施には、3つの大きなハードルが存在していた
  • 新たにデジタル施策を進める際には、既存部署との協働を図るためにも、小さなアウトプットを積み重ね、周囲の理解を得ていくことが重要となる
  • 自社DMPや外部のDMPを活用したマーケティングで成果を得たキリンは、今後はさらなるデータやリアルな接点を活用したコミュニケーションを充実させていく
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この記事の前編を読む

プライベートDMPや外部のDMPを活用して、顧客中心のマーケティングを推進するキリン株式会社(以下、キリン)。前編では、デジタルの専門部隊を設けることで、かつてはほとんど実施されていなかったデジタル施策を次々に推し進める同社に迫った。

後編では、デジタルシフトを成功に導く裏側で、さまざまな形で社内外に出現したハードルに対し、キリンのデジタルマーケティング部がどのようにチャレンジし、乗り越えていったのか、大企業においてマーケティングの新機軸を浸透させる際の課題と解決に焦点を当ててみたい。

低額消費財のマーケティングの難しさ

キリンの商品であるソフトドリンクやアルコール飲料は、一般的にマーケティングが難しいとされる低額消費財に分類される。なぜマーケティングが困難とされるのか。キリン株式会社デジタルマーケティング部主査の宮入一将氏は「3つの課題がある」として、キリンがそれらの課題を解決するためにどのような取り組みに挑戦しているかを語った。

  1. 「店頭一発型」といわれる購買行動

    「低額消費財のマーケティングの成否は、極論を言えば、店頭で実際に売れた数字がすべてです。そのため、いかにマス広告で認知を獲得して、店舗で商品を手に取ってもらえるか、という『店頭一発型』の戦略をとることがほとんどでした。つまり、購入にいたるまでの各プロセスに効く施策が少なかったのですが、デジタル活用によって、その状況を変えられます。

    たとえばスマートフォンは、移動中の方にも接触できるメディアなので、位置情報データを活用して、仕事帰りのお客さまにアプローチすることも可能です。実際に、『午後の紅茶ホット』の施策では、テレビCMよりも、モバイルキャンペーンのほうが購買促進につながりました。寒空のもと、自販機近くのお客さまにアプローチできることを考えれば当然の結果です。弊社では、お客さまの心が動くモーメントをとらえ、デジタルならではの特性を生かしながら、購入につながるきっかけを適切に生み出そうとチャレンジしています」

  2. 顧客との長期的な関係の構築

    「デジタルマーケティングで成功している企業は、金融や自動車といった、購買までに時間がかかり、アフターサービスも含めたLTV(Life Time Value)(*1)が長い商品を扱っている場合が多く、顧客をナーチャリングする機会も十分にあります。

    飲料のような低額消費財は、『ほしいと思った“瞬間”に購入される』ものですので、リードナーチャリングを行うのが困難です。そこで、デジタルのなかだけにこだわらず、お客さまとのリアルな接点をつくり、長くお付き合いいただけるファンの醸成に取り組んでいます。たとえば、工場見学やイベントなどのキャンペーンで生まれる単発の接点を、その後の施策に生かしていくというのも方法のひとつです」

  3. BtoBtoCでは入手不可能な購買データ

    「自社でECや独自のポイント制度を展開する小売店ではなく、一般的なお店でキリン商品を購入いただいた場合の購買データは、われわれが手に入れることは不可能です。そのため、実施した施策が、実際の購買に結びついたのか計りづらいのです。

    そこで、POSデータの代替手段として、購買につながるパネルやアンケートといった外部データを活用して、購買データを補完し、それをもとに施策のPDCAサイクルを回すことにチャレンジしています」

キリンは、マーケティングで低額消費前が抱える3つのハンディ「購入までのプロセスに効く施策が少ない」「顧客との長期的な関係を築きにくい」「一般店での購買データを入手できない」などをさまざまな方法で解決してきた。
キリンは3つの課題をどのように解決したか

そして、宮入氏はこう続けた。

「30年前くらいには、確かに『キリンだから飲む』と弊社の商品を選んでくださっていた方が少なからずいましたが、最近は“企業が好きだから”という理由だけで選んでもらうのは、なかなか難しいのが実態です。しかし、それを理由に『低額消費財には特有の課題があるから』と継続性のあるマーケティングへの取り組みをあきらめずに、デジタル活用によってしっかりと打ち手を考えていきたいと思っています」(宮入氏)

「マス+デジタル」へのチャレンジ

低額消費財特有の課題と真正面から向き合うためにも、プライベートDMPの活用に力を入れるキリンだが、当然のことながらシステムの環境を整えるだけですべてがうまくいくわけではない。

前編で触れたように、キリンのデジタルマーケティング部は、キリンビールやキリンビバレッジといった各ブランドのマーケティング部から、デジタルマーケティング業務だけが切り出されて設立された組織だ。トップダウンの肝いりで発足した部署ではあるが、実際に業務を行う場では、各ブランドのマーケティング部との協働体制は必須だった。

「われわれは、各ブランドの実施するマーケティングの成果に貢献する役割があります。最終的にメディアバイイングを行うのも各ブランド側です。そのため、各ブランド担当者と協働することが重要なのですが、最初はそううまくいきませんでした。長年、マスマーケティングを中心に取り組んできたなか、『デジタルは有効なのか?』と懐疑的な意見もありました。特に、デジタル施策はとっぴで新しい手法が多いので、既存のやり方を変えさせる必要もあり、うまく調整できないことも多々ありました」(宮入氏)

大企業ほど変化に対応しづらいというのはよく聞く。ではどのように対応したのか。デジタルマーケティング部主務の行縄修氏は語る。

「小さな成功を積み重ねることで理解を得られるようにしました。デジタル施策がいずれ必要になるというのは、みんななんとなくわかっていると思うんです。それなら、“論より証拠”で、デジタル施策の成果を明確にデータで見せればいい。デジタルは、成果が数字で見えるのが強みですから。好奇心を持ってもらい、『いいね』とどれだけ言わせられるかが、私たちの手腕にかかっていると思います。ひとつ学んだのが、“デジタル”が主語になるとダメだということです。マーケティングの手段としてデジタルがあるということを忘れてはいけないのだと思います」(行縄氏)


左:キリン株式会社デジタルマーケティング部主査 宮入一将氏
右:同社デジタルマーケティング部主務 行縄修氏

デジタル領域が集約された強み

従来なかった部署だからこそ、難しい社内調整に阻まれることもある。しかし、各ブランドのデジタル領域がひとつの組織に集約されていることのメリットもある、と宮入氏は話す。

「他社でもよく聞く話ですが、『ブランド間の壁』というものがあります。同じグループ会社とはいえ、それぞれのブランドを担当する組織が独自にマーケティングしているので、データ連携や施策の足並みをそろえることが難しいのです。しかしお客さまのなかには、『平日は、発泡酒である“淡麗グリーンラベル”を飲むけど、休日はちょっと贅沢に“一番搾り”を飲む』という方もいます。そういった方に、“淡麗グリーンラベル”だけのコンテンツを届けていては、競合のビールに乗り換えられてしまいます。その点、われわれデジタルマーケティング部は各ブランドのデジタル領域を集約しているので、ブランド間の壁を考えずに施策を打つことができます。

また、部のメンバーの多くは別部門と兼務しています。まさに寄り合い所帯ですが、デジタルマーケティングには複合的なスキルが必要なので、結果的に多様なリソースをひとつの部署に集約できているところに強みがあると思っています」(宮入氏)

ブランド間の壁に阻まれずに施策を打てるのは、「お客さま主語」のマーケティングを目指すキリンにとって重要なポイントだ。現在は、各ブランドと向き合うことで施策を推進するデジタルマーケティング部だが、彼らのゴールは各ブランドが自然な形でデジタルを活用していけることだと行縄氏は話す。

「デジタル活用が文化として社内に根付けば、取り立てて特別扱いをする必要がなくなります。各ブランド側のマーケティング部でもデジタル施策を進められるようになれば、われわれが独立して存在する理由はありません。つまり、デジタルマーケティング部がいなくてもデジタル施策が自然と活用されている状態がわれわれの目標でもあるのです。そのためにも、今はひとつの組織に知見をため続けるという意味でも、日々業務に励んでいます」(行縄氏)

キリンが目指す次なるマーケティング

データ活用の環境を整えるだけでなく、デジタルに懐疑的な人たちからの理解や協力も得ることで、デジタルマーケティングを深化させてきたキリン。最後に、今後、強化していきたい取り組みとして、宮入氏があげたのは、「サードパーティーデータ・セカンドパーティーデータを活用した見込み顧客の抽出・育成」と、「リアルの接点を活用したコミュニケーション設計」だった。

「SNSのフォロワーのデータはプライベートDMPに入れて管理していますが、“キリンのアカウントをフォローまではしていないがキリンについてポジティブな発言をしている”、“キリンに限らず頻繁にビールを飲む”といった人たちも、見込み顧客に引き上げ、データとして管理していきたいと考えています。あとはリアルの接点をもっとうまく活用していきたいですね。今、トライアルでやっている取り組みとしては、あるイベントに参加した人が、イベント参加後に商品を購入したかどうかを判定し、非購入者には専用のリターゲティング広告が配信されるといったものがあります。これは位置情報とモバイルのデータを活用すれば可能です。今は点在しているリアルの接点を、トータルでつないでコミュニケーションしていきたいと考えています」(行縄氏)

デジタルマーケティングのリーディングカンパニーともいわれるキリンだが、その裏側には社内体制や、マーケティングが難しいという製品特性の課題があった。多くのハードルを越えながら王道を歩む同社は、どのようにして新たなデジタルマーケティングに取り組むのか、今後も注目を集めていくことだろう。

注釈:
(*1)Life Time Value:1人の顧客がある商品やサービスに対して、取引期間を通じてもたらす利益

プロフィール

キリン株式会社デジタルマーケティング部主査 宮入 一将氏

新卒でキリンビール株式会社に入社。入社後、自社システムの導入・運用から情報戦略の企画立案、グループIT会社の経営企画など、IT関連業務に従事し、2014年1月よりデジタルマーケティング部に配属。現職では、デジタルマーケティングにおけるデータとITの統括を担当。

キリン株式会社デジタルマーケティング部主務 行縄 修氏

ネットリサーチ・サービスの運営、POSデータ分析や各種定性・定量調査の分析・提言を通じたブランド・マーケティング支援など、長期にわたりリサーチ関連業務を担当。昨年秋からはデジタルマーケティング部で顧客データ活用方法(施策効果の見える化など)の開発に取り組む。

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