ビジネス創出

味博士が挑む!「おいしい」の定量評価で拓くビジネスの可能性

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人によって異なる「おいしい」の基準。それはこれまで、「好み」という曖昧な言葉で表現され、あくまで主観によるものだとされてきた。しかし、味を定量的に数値評価することに挑む会社がある。本記事は、「おいしい」を数値化した先にある、新たなビジネスの可能性に迫る。

「おいしい」を数値化する

「あのお店はおいしい」「昨日の料理はイマイチだった……」

食事に関する感想は、日常会話のなかにしばしばあらわれる。そして、同じ料理を食べたのに、味の評価に関して相手とは違う感想を持つという経験もあるのではないだろうか。このような「おいしい」という感覚の個人差はなぜ生まれるのか? 私たちは、「味は人それぞれの“好み”によるものだから……」と信じて疑わない。

しかし、この固定観念に一石を投じた人物がいる。AISSY株式会社の代表であり、慶應義塾大学共同研究員も務める“味博士”こと鈴木隆一氏である。


AISSY株式会社 代表 鈴木隆一氏

鈴木氏は、ラーメン店の経営者という少し変わった経歴の持ち主だ。大学時代、通っていた店のラーメンがあまりおいしくなかったことから、店主に、自分に経営を任せてもらえるよう直談判。日によってばらつきがあった味を、「ごまかしがきく」という理由でこってり味に変更し、店の売り上げを数倍にしたという。そしてこのときの、感覚で味を調えることに苦労した経験から、「客観的に味を評価できないか」を考えたという。その思いを形にしたのが、AISSY株式会社が提供する「味覚センサーレオ」(以下、レオ)だ。

人間に限りなく近い舌を持つレオ

人間の味覚は、5つの基本味で成り立っている。甘味、塩味、酸味、苦味、うま味だ。それらの組み合わせは、舌の表面にある「味蕾(みらい)」を通じて味として感じられる。

レオは、味蕾の役割を果たすセンサーを使って食品の味を認識し、ニューラルネットワークを用いたソフトウエアで解析することで、味を定量的に数値で評価できる。2年かけて開発したこのマシンは、まさに「人工舌」ともいえる存在だ。

レオの写真
2年かけて開発した「味覚センサーレオ」。手前に見える円盤状のサンプル台に食材(試料)を乗せてセンサーで測定する

レオを使って、味をどのように評価するのか。具体的な手順はこうだ。

まず、ミキサーなどを使って液状にした食材を、サンプル台に載せてレオ本体に吸引させる。すると、センサーが呈味(ていみ)成分を電気信号で測定し、5つの基本味が5段階の数値で評価される。その数値化した味は、レオに搭載しているニューラルネットワークが学習データと照合、分析することで「おいしいか否か」を判定するのだ。

「ニューラルネットワークには、100人分の味覚を学習させています。テスターに選んだ100人は、『極めて薄い食塩水』などが判定できる舌の持ち主で、その人たちが『おいしい』と感じるデータの範囲やバランスを、レオで測定した数値と照らし合わせて味覚の評価精度を高めました。人間は、ブラックコーヒーに砂糖を入れると、『甘くなった』と認識します。しかし、数値上は、苦味の濃度自体は変化していません。そこでレオには、そうした味の相互作用や味の相性も学習させていくことで、人間の味覚に近くなっています」


キャプションの説明を表す図
「味覚センサーレオ」のソフトウエアが解析した「おいしさ」の数値。この例では肉の「赤身」、「脂肪」、「赤身と脂肪の両方を合わせたもの」を測定している。結果、赤身と脂肪を合わせたもののうま味と甘味の数値が高いことがわかる。
引用:味博士の研究所(*1)

国によって異なる「おいしい」に対応できるか

開発当初は、「データでは『おいしい』に該当するはずのものが、実際に人が食べると『おいしくない』というものもあった」と鈴木氏は語る。しかし、テストを繰り返すことで、現在はレオがおいしいと判定した食品は、人間が食べてもおいしいといえるようになり、さらに、まずいと判定した食品に対しては、どのような味を足せば、「おいしい」に近づくのかわかるという。

ただ、ひとつ疑問が残る。それは、人それぞれの好みによる味の評価をどうしているかだ。味覚音痴の人もいれば、繊細な舌の持ち主もいる。国や地域によっても味の嗜好は異なる。

鈴木氏は、「レオは、日本人の平均的な味覚を基準に作られています」と語る。裏を返せば、ワインのソムリエほどには細かな味の判定はできない。

ただ、AISSY株式会社では、アメリカ、中国、ヨーロッパ圏のなどの国別の味覚データも収集してレオに学習させており、評価に使用するデータ設定を変更すれば、地域の違いによる味の嗜好にも対応できるという。発展途上国では、好まれる食べ物も変化しやすいので、味の測定に使用する元データを更新していく必要はあるが、データを状況に応じて変更していくことで、幅広い「おいしい」に対応しているのだ。

企業から期待される味の数値化

レオは、味覚の研究のためだけに作られたわけではない。AISSY株式会社では、食品・飲料の商品開発や、飲食店のメニュー開発、商品のプロモーション支援など「味」に関する企業向けビジネスを幅広く展開している。

なかでも、マーケティングプロモーション支援は同社のビジネスの柱だ。意外にも商品開発より要望が多いと鈴木氏は語る。

「大手食品メーカーは独自の研究機関を持っていますし、自ら商品開発するのが当然だと考えているのだと思います。一方で、レオのような第三者の客観的な評価は、プロモーションに役立ちます。メーカー側がいくら『さらにおいしくなりました』と自社のデータを使って商品をアピールしても、消費者は、『本当かな?』と疑うもの。でも、レオのデータを使うことで、説得力を持たせることができる。そうしたこともあって、プロモーションやマーケティング支援は、さまざまな会社から依頼があります。対消費者以外にも、メーカーによる小売店向けマーケティングで、商品と商品の食べ合わせを提案する際にもレオは使われています」

アサヒビール社のプロモーションイメージ
提供:アサヒビール株式会社

そのほかにも、国別の味覚にも対応していることから、飲食店が海外展開する際には、「この国で受け入れられるようにするには、この味をもっと強くした方がいい」といった具合に、味のローカライズなどにもアドバイスをしているそうだ。

「家電メーカーからの依頼も多くあります。炊飯器や浄水器を開発するにあたって、製品の性能を、レオで客観的に判定したいというものですね。変わったものとして、包装用品や保存料を扱う会社からの依頼がありました。味は経年劣化していきますから、自社製品の効果を確かめるためにレオを使ったわけです。これは想像していなかった使われ方でした」

鈴木氏でさえ思いつかなかった活用ニーズが見えてきたレオ。食に関するさまざまな業界からの期待の高さが伺える。そして、AISSY株式会社が、今後新たに見据えているビジネスとして、機能を絞った「簡易版レオ」の展開がある。

「現在、レオ本体はメンテナンスが難しいこともあって機器販売には対応していませんが、手入れしやすくなるように、機能を絞って展開しようと思っています。たとえば、『ラーメンスープの評価だけに特化したレオ』のような簡易的なものを考えています。これは、味の均一化を図りたい飲食チェーンなどに需要があると見込んでいます。また、最近、『AIが作る料理』も注目を集めていますが、おいしく作れないこともわりとあるんです。なぜなら、AIは味見ができないから。同じトマトでも食べごろなのか、まだ熟していないのか判別できません。レオで人工的に味見させる機能を組み込ませることで、調理AIの開発にも貢献できると思っています」

未来に向けての研究課題

鈴木氏は、「研究とビジネスを切り離して考えたことはない」と語るように、常にビジネスの可能性を考えて研究に取り組んでいる。そして、将来的に取り組みたい味覚データを活用するビジネスとして、2つの方向性で研究を進めているという。

「1つは『味の予測』です。実は味には流行があるんです。企業の商品開発は年単位で行われるので、1年後の消費者がどんな味を求めるのかを推測できれば、非常に大きなビジネスチャンスになります。ただ、味に関する過去データというのはほとんど存在していないので、検証が難しいのも事実です。会社を設立して10年経ち、少しずつデータもたまってきたという段階ですね」

そしてもうひとつは、社会課題に対する取り組みだ。一見ヘルシーで健康的なイメージがある日本食だが、醤油や味噌などを多用することから、実際には塩分を大量に含む料理が多い。いうまでもなく、塩分をとりすぎると、高血圧や心臓病をまねく可能性が上がる。健康寿命に対する国民の意識も高まってきたことから、「減塩」を謳うレストランのメニューやインスタント食品も増えているが、やはり味気ないものが多い。

「甘味であれば人工甘味料がありますが、人工塩味料はありませんよね。あればいいのですが、もし作れたらノーベル賞モノで、現実的ではありません。そこで、『味の対比効果』の研究を進めています。スイカに塩をかけると甘くなる、といった効果のことをそう呼ぶのですが、塩分が少ないのにしょっぱく感じる、をどうすれば実現できるか考えています。僕自身も最近は塩分を気にしていますし、減塩食の満足度向上に取り組んでいきます」

味覚の研究もまだまだ完璧ではない。たとえば、人がおいしさを感じる要因には、香りや食感などの影響も大きいが、現状では、香りと食感を数値化するのは技術的に難しいそうだ。

味に関する研究が、ビジネスに与える影響は大きい。鈴木氏は、味覚に関する研究をさらに追求していくことで、レオの評価精度を高めていく構えだ。店頭で手に取る食品や、レストランで口にする食事に、レオが関わっている可能性は、今後さらに上がってくるに違いない。

注釈:
(*1)味博士の研究所(外部サイト)

プロフィール

AISSY株式会社 代表取締役社長 鈴木隆一氏

2006年慶応義塾大学理工学部卒業。2008年同大大学院理工学研究科修了。卒業後にAISSY株式会社を創業する。現在は慶應義塾大学共同研究員を兼務する。

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