組織づくり・人材育成

横浜市大データサイエンス学部の挑戦[後編]――データ立国ニッポンへの道

記事内容の要約

  • 日本は欧米と比べて統計学の教育が進んでおらず、それがデータサイエンティスト育成の遅れにつながっている
  • 受験中心の発想による数学の教育方針が、統計学が浸透しない理由の1つだと考えられる
  • 誰もがデータサイエンスのリテラシーを身につけることで、客観的な数値に基づいた発言や意思決定がされるようになり、「データ立国」への道が開ける
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この記事の前編を読む

データを自在に操るデータサイエンティストの不足が声高に叫ばれる現在の日本。「データ立国」を目指しながらも、データ活用に関して日本は世界に後れをとっている。その理由はどこにあるのか。そして、データ立国を目指すために、いまの日本に欠けているものとは。来春、データサイエンス学部を開設する横浜市立大学でデータサイエンス推進センター センター長を務める、同大学国際総合科学群教授の岩崎学氏に話を聞いた。

データサイエンティスト育成にまつわる海外事情

―日本は、欧米に比べてデータサイエンティストの数が少なく、育成の環境も整っていないという声も聞きます。実情はどうなのでしょうか。

岩崎:データサイエンスという学問は、欧米でもここ数年で発展してきたので、実は日本が大きく出遅れたというわけではありません。しかし、データサイエンスのベースとなる“統計学”の教育がかなり遅れています。近代統計学はイギリスが発祥の地で、イギリスやアメリカをはじめとする英語圏で盛んです。最近では韓国や中国でも注目されていますね。かたや、日本の大学にはそもそも“統計学科”が存在しません。そういったことが結果的に、データサイエンスの遅れにもつながっているように思えます。

―欧米のデータサイエンス教育はどのようになっているのでしょうか。

岩崎:2016年に、カリフォルニア大学バークレー校に視察に行ったところ、情報学ではすべての1年生にデータサイエンスの基礎を教えていました。さらに、同大学のサンディエゴ校は、政治学科の中にデータサイエンス系のコースをつくろうとしているという話も聞きます。“データサイエンスが学べるアメリカの大学院TOP50”のような記事もいくらでも出てきますし、アメリカには、それだけたくさんのデータサイエンスを学べる学校があります。またアメリカのデータサイエンス授業の演習では、多くのTA(*1)やポスドク(*2)が支援してくれます。こういった人材リソースがあるのも、統計学の素地(そじ)があるアメリカだからこそです。

「9勝6敗」の国か、「2勝1敗12分」の国か

―なぜ日本では統計学が、欧米に比べて浸透しないのでしょうか。

岩崎:私見ですが、ひとつにはやはり国民性があるのではないでしょうか。日本は単一民族なので、なんとなく空気を読んで、曖昧に物事を進めることができたのだと思います。しかし、アメリカは多民族のため、それが通用しません。契約社会ですし、客観的に数字を根拠にモノをいう必要があります。結果、必然的にデータ、統計というものを重視する文化になったのだと思います。また日本では、高校教育の問題もありますね。

―高校数学の学習指導要領には、統計が入っていますが、これでは不十分ということでしょうか。

岩崎:たしかに統計は数2Bの範囲ではありますが、大学入試では、統計の問題があまり出ません。そうなると、教員も熱心には統計を教えないのです。オープンキャンパスでは、「受験するには数2Bの履修は必須ですか? 数3C は?」という質問があったのですが、文理融合の学部なので、仮に入試に出なかったとしても、入学後には数学も勉強する必要があります。それでも、学生にとって重要なのはあくまで、“受験にいるか、いらないか”だけなのです。

2017年の3月に小学校・中学校の学習指導要領が改正されて、 “日常生活の文脈で数学を活用した授業を行う”、“必要なデータを収集・分析し、その傾向を踏まえて課題を解決するための統計教育などを充実させる”(*3)ことがあげられているなど、データの利活用に関わる教育はだんだん増えています。このように徐々に数学教育も変わりつつありますが、現状ではまだまだ厳しいといえます。

―数学は、私立文系大学の入試などでは受験科目に入っていないため、あまり勉強しないという学生も多いように思います。そうすると現時点で日本の数学教育は、低水準なのではという懸念も出てきます。

岩崎:実は、国際的にみても日本の数学教育は高水準にあります。低水準なのは、あくまで統計領域の話ですね。日本の高校生は、将来の進路を決める大切な時期に、「入試に出ない」という理由で、統計に触れる機会がほとんどありません。こういう状況になっているのは受験生のせいではありませんが、これではデータサイエンティストが育たないのも当然ですし、世界で戦っていけない。「データ先進国」への道のりは遠いと言わざるをえません。まだまだ先は長いですね。

―入試のあり方を変えるのが難しいとなると、大学での教育を変えるしかないのでしょうか。

岩崎:アメリカと日本では、教育に対する価値観にも大きな違いがあります。日本の教育機関は、極力落ちこぼれをつくらないようにしますよね。日本の教育を変えるのであれば、そのあたりを改革すべきかもしれません。

―「落ちこぼれをつくらない」教育方法において、どのような改革が必要だと思われますか。

岩崎:アメリカでは、15人の学生がいたとしたら、「9人の優秀な人材を育てられれば、6人は落ちこぼれてもしかたない」という教育がされています。つまり「9勝6敗」でもよいということです。しかし、このような考え方は、日本ではまず受け入れられませんよね。日本は、「落ちこぼれを1人に抑えられるなら、優秀な人材は2人、その他12人は平凡でもよい」という教育がされていますから。アメリカのようにドライで厳しい教育を是とするのかという問題は別として、日本が本当に国力をあげたいのであれば、「2勝1敗12分」を変えていくべきでしょう。アメリカのように中間層を上のほうに引き上げてトッププレーヤーを増やす、「9勝6敗」の教育を行ったほうがいいと個人的には考えています。


横浜市立大学国際総合科学群教授 データサイエンス推進センター センター長 岩崎学氏

広がるデータサイエンスの活用領域

―今後、データの重要性がもっと早い段階で学生に認識されるようになったら、日本の状況も変わってくるかもしれません。そこでこれから先、データ活用が進む分野は何だと思われますか。

岩崎:やはり、自分たちの生活に直接的に影響のある、医療と福祉の分野だと思います。

私は、先天異常の原因となりうる医薬品の研究を10年以上行っていたのですが、昔はデータ活用の環境が整っていなかったので、研究に使うデータはすべて外国から入手せざるをえませんでした。外国人とは体格も生活環境も違うので、日本人のための研究なら日本人のデータを使うべきであるにもかかわらず、です。最近になってようやくレセプト(*4)データや電子カルテの活用が広がってきました。今後、さらに研究は進んでいくと思います。

また、こうした取り組みが進むと注目されるのが、個人情報の問題です。個人情報保護法はもちろん守らなければいけませんが、必要以上に人々が嫌悪感を示すと、企業や行政は個人情報の活用に尻込みしてしまいます。データはお金と同じで、使わなければ意味がない。データを提供したり使ってもらったりすると、自らにも恩恵があるということに、もっと目を向けてほしいと思います。

―最後に、日本が「データ立国」を実現するためにはなにが必要でしょうか。

岩崎:まず、「データとは、分析するためにあるのだ」という意識を日本中に根付かせることですね。

以前と比べて、行政もさまざまなデータを公開してくれるようになりました。しかし、分析素材として扱いづらいことが本当に多い。項目名がバラバラだったり、PDFのまま公開されていたり。行政のデータは、見る分にはわかりやすいですが、分析しやすい状態としては公開されていないのです。フォーマット化されていない膨大なデータを分析できるように整備するのは、非常に手間がかかります。これでは、なかなかスムーズなデータ活用が進まないので、分析素材としてのデータが公開されるべきですね。

そして、国民全員が「データを読む力」を高めることも重要です。たとえば汚染問題で、メディアが「汚染物質が環境基準値の80倍も検出された」とあおったら、皆さん不安になりますよね。でも、そもそも基準値の何倍までは許容できるのか、過去のデータ取得方法と変わりないのか、などは語られず、数字の大きさにしか目が向けられません。データというのは、数値そのものは間違っていなくても、見せ方を意図的に変えるだけで、黒のものが白にも赤にも見えます。だから、データが示す本質的な意味を読み解く能力を養う必要があるのです。

誰もがデータサイエンスの最低限の素養は身につけ、データに基づいた発言や意思決定ができるようになってほしいと思います。そうすることではじめて「データ立国」への下地ができたといえるのではないでしょうか。

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注釈:
(*1)Teaching Assistantの略称。学部生に対し、指導などを行う大学院生
(*2)博士号を取得後、任期制の研究員などを続けている研究者
(*3)学習指導要領について - 文部科学省(外部サイト)
(*4)病院などの医療機関が、市町村や保険組合など健康保険を管掌する機関に提出する診療報酬の明細

プロフィール

横浜市立大学 国際総合科学群 教授 データサイエンス推進センター センター長 岩崎 学氏

茨城大学助手、防衛大学校助教授、成蹊大学教授などを経て、2017年4月から現職。理学博士。研究分野は、統計的データ解析の方法論と応用。日本統計学会前会長。

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