マーケティング戦略

ニューロマーケティングで生まれ変わる―「白鶴 まる」ブランドリニューアルの裏側

  • はてなブックマーク
  • follow us in feedly

日本酒メーカーとして280年近い歴史を誇る、白鶴酒造株式会社。同社は主力商品である「白鶴 まる」のブランドリニューアルにおいて、脳波や脳内の血流、活動量などを計測することで消費者の無意識下にある心理や行動を解明する「ニューロマーケティング(Neuromarketing)」に取り組んだ。

アンケートやインタビューでは聞けない消費者の声を、ニューロマーケティングを活用してどのように集めるのか。消費者インサイトを捉えることで得られる成果とはどのようなものか。白鶴酒造株式会社 戦略開発本部主任 金子奈都子氏に話を聞いた。

消費者の本当の声はどうすれば聞けるのか

白鶴酒造が、マーケティング戦略の一環としてニューロマーケティング(*1)に取り組むことになったのは、発売から32年目を迎えた2015年に行われた「白鶴 まる」(以下、「まる」)のブランドリニューアルがきっかけだ。

一般的に「ブランドは30年が寿命」と言われるなか、白鶴酒造の代表的なブランドである「まる」は、1984年の発売以降、多くのファンに愛されてきた。しかし、人口減少や若者のアルコール離れなどによる市場の伸び悩みに立ち向かうべく、同社は、発売から32年目を迎えたタイミングで、「まる」ブランドの強化を図ることにした。


白鶴酒造の代表ブランド・「まる」シリーズ

「消費者が『まる』というブランドと接する機会は、店頭とテレビCMが主です。そこで『まる』の商品パッケージとCMのリニューアルを、2014年にウェブ上で実施したブランド調査で得た消費者の声を参考にしながら行いました。また、商品を充実させるために、『まる辛口』を新たに発売しました」(金子氏)

そして、ブランドリニューアルの後、施策の成果を捉えるために再度ブランド調査を実施。その結果、「まる」のテレビCMに対する「新しさ」や「親しみ」のイメージは向上した反面、「活気」という観点では評価ポイントが低下。しかし、その明らかな理由については、ブランド調査のフリーコメントなどからは把握できなかった。このとき、消費者の生の声を集めることの難しさに直面したと金子氏は語る。

「アンケートやグループインタビューでは、消費者が自身の経験を振り返って、そのときの出来事を“思い出しながら”、回答してくれます。しかし、商品の購入を決定するのはほんの一瞬の出来事であり、消費者も無意識に行動している場合がほとんどです。そうなると、あとから購入理由を問われても、『なんかおいしそうだったから』といった曖昧な回答に終始してしまいます。テレビCMでも、視聴した体験をもとに全体的な感想や記憶に残った部分については答えてくれますが、それ以上の回答を引き出すのは難しいと感じています。消費者が言葉にできない感情を知るための手段はないかと模索し、以前から注目していたニューロマーケティングを活用することにしました」(金子氏)


白鶴酒造株式会社 戦略開発本部主任 金子奈都子氏

脳波データから「感情」を推論し、消費者インサイトを捉える

リニューアルしたテレビCMと商品パッケージ、および新発売した「まる辛口」のパッケージに対して消費者がどのような印象を抱いたのか、再度確かめるためにニューロマーケティングに取り組むことにした白鶴酒造。

ニューロマーケティングを支援する事業者は複数あるが、そのなかで金子氏が選んだのはシナジーマーケティング株式会社(*2)が提供するサービスだった。脳波自体は、デバイスさえあればどこの事業者でも測定できる。ただ、測定した脳波は、生データのままでは脳科学の専門家にしか読み解けない。誰にでもデータを読み解ける状態にするためには、データが表す結果を「言語」に置換する必要があり、その手法がシナジーマーケティングは優れているのだという。

「今回私たちが実施したニューロマーケティングでは、調査対象者(以下、対象者)にデバイスを装着してもらった状態で、テレビCMとパッケージをそれぞれ見てもらいました。テレビCMやパッケージのどの部分に目線が動き、そのとき脳はどのように感じたか、を測定するわけです。そして、シナジーマーケティングの場合、脳波を測定した後に、体験の総括として、簡易評価アンケートを取得します。そして、脳波データと簡易評価アンケートの結果を、脳科学に基づいた、シナジーマーケティング独自のロジックで掛け合わせて、対象者の感情をより具体的に言語化する、自動統合フレームワークというものを提案してくれました。たとえば脳波データのみでは対象者が『覚醒状態』にあることが分かったとしても、そのときの『感情』を読み解く事はできないのですが、この自動統合のフレームワークを用いる事で、『このタイミングは、どのような感情だったか』を解釈しやすくなるのです」(金子氏)

この後、対象者たちを集めたグループインタビューも開催。これは、対象者の本音を深掘りするために有効だったと金子氏は話す。

「たとえば、対象者の方々に自分の脳波データを見てもらいます。そうすると、『この時に眠いなと思っていました』のように、モニタリング時に自身がどういった状態だったのかフィードバックしてくれるのです。このようなフィードバックがあることで、対象者の感情をより深く理解できます。第三者である専門家だけで解釈してしまうと、対象者本人の気持ちを捉えきれない可能性もあります。グループインタビューを挟むことで、より対象者の本音を知ることができました」(金子氏)

新デザインの決定にもニューロマーケティングを活用

ニューロマーケティングを経て、テレビCMにおいて「出演者が乾杯している場面」や「おいしそうな料理が映る場面」に対する印象はよかったものの、CM冒頭部分では注視されていなかったことがわかった。そこで、構成を見直して、2018年3月現在放映されているテレビCMにもう一度、作り直した。

さらに、「まる辛口」のパッケージも変更した。当時のパッケージデザインに対する消費者の反応はポジティブではあったが、さらに売り上げを伸ばせる余地があると判断したためだ。加えて、社内から「店頭でもっと目立つようにしてほしい」という声があがったこともあり、他社商品と「まる辛口」を並べた仮想の商品棚画像を用いて、対象者がどんな印象を持つのか、脳波を計測することにした。その結果、いくつか課題があることが明らかになった。

「『まる辛口』の新デザインを決めるときにもニューロマーケティングを活用しました。クリエイティブというのはとかく主観が入りますから、社内で話し合ってもなかなか意見はまとまりません。客観的な消費者インサイトを反映できるニューロマーケティングを再度活用することには、社内も前向きでした」(金子氏)

パッケージの変更では、あらかじめ絞り込んだ新デザインの候補6パターンを評価素材とした。この調査で脳波と並行して利用されたのが、人の焦点を拾い「どこを見ているのか」を測定するアイトラッキングだ。

だがアイトラッキングだけでは、見ているときに「どういった感じ方をしているのか」を測定することはできない。そこでアイトラッキングデータと脳波データ、簡易評価アンケートを組み合わせることで、対象者がパッケージをポジティブに見ているのか、集中して見ているのか、見ているときにどんな感情だったのかといったことがわかる。

また、あらかじめ評価対象とするエリアを定義することで、6つある新デザインをそれぞれ比較しやすくした。そのなかで、対象者の目をもっとも集めたデザインは、まるのマークが「赤色」のデザインであることが脳波データから判明したが、インタビューと照らし合わせたところ、必ずしもポジティブな気持ちだけで見られているわけではないこともわかった。

そこでグループインタビューで得た生の声も反映して、好意的に目を引くデザインはどれかと吟味し、最終的にまるのマークが「金色」のデザインを採用するに至った。そして、調査結果を参考にしながら、最終デザインへと仕上げた。


アウトプット例: 脳波データ、簡易評価アンケート、アイトラッキングデータ(視線)を統合

消費者の感情を捉えられる確かな手法、ニューロマーケティング

一度リニューアルしたテレビCMを作り直し、すでに発売した新商品のパッケージを刷新すると決断した白鶴酒造。担当者からすると、そう簡単な仕事ではなかったことは想像に難くない。

「一度出来上がったものを見直すのは簡単ではありません。しかし、そもそもニューロマーケティングに取り組んだのはリニューアルありきではなく、アンケートだけでは捉えきれない消費者インサイトを得ようとしたからです。その結果として、リニューアルすべきだと判断できたわけですからいい機会だったと思います。ニューロマーケティングは、『消費者はこう感じているんだ』というのが目に見えて分かるので、社内で認識を共有しやすいのは確かです」

まだ新パッケージと新テレビCMは展開し始めたばかりだ。これから売り上げ面でどのような変化が出てくるのか楽しみにしている、と金子氏は期待をこめて話す。

プロダクトアウトからマーケットインのマーケティングへ、と叫ばれて久しい。しかし、頭では理解できるがなかなか実行する術が見当たらないというマーケティング担当者も多いに違いない。白鶴酒造のニューロマーケティングへの取り組みは、そのような悩める担当者に向けて、消費者インサイトを捉えるためのヒントになることだろう。

注釈:
(*1)【解説】ニューロマーケティング
(*2)シナジーマーケティング株式会社(外部サイト)

プロフィール

白鶴酒造株式会社 戦略開発本部(現:商品開発本部)主任 金子奈都子氏

2006年4月白鶴酒造株式会社に入社し、研究開発室に配属。基礎研究、商品開発等を行う。2014年1月戦略開発本部に異動し、主に「まる」ブランドを担当する。

  • はてなブックマーク
  • follow us in feedly

Insight for Dの
ページにいいねしよう!

「いいね!」してInsight for Dの最新情報をチェック

Q. Yahoo! JAPANのデータソリューションは何がスゴイんですか? 答えはこちら

Q. Yahoo! JAPANのデータソリューションは何がスゴイんですか? 答えはこちら

Insight for Dの公式Facebookページ、Twitterでも最新情報や取材の様子を発信中。