マーケティング戦略

明日の来客予想はAIに聞け――創業100年の老舗店「ゑびや」のデータ活用

記事内容の要約

  • 老舗食堂の新社長は他店との差別化のため、従来のやり方を一新し、データ活用による経営変革を決意
  • 食券を数えることからデータベース化をはじめ、AIによる高精度の来客予測などを低コストで実現
  • 自社のベストプラクティスをもとに、勘と経験に頼りがちな業界全体の体質改善を目指す
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三重県伊勢市で、観光客向けの食堂や土産物店などを営む有限会社ゑびやは、従業員総数48名ほどの飲食・小売り事業者だ。創業100年の歴史を誇るものの、長年にわたり業績に課題を抱えていた同社は、データとAI(人工知能)技術を徹底活用し、飛躍的な回復と成長を遂げた。成功の裏には、いったいどのような戦術があったのか。ゑびやにおけるデータ活用の軌跡と、これからを追う。

歴史はあるがアナログな会社

三重県・伊勢神宮の内宮前に位置する有限会社ゑびや(以下、ゑびや)。かつてはよくある地方の和食堂にすぎなかったが、2012年ごろから収益を急速に伸ばしはじめ、2018年までに売り上げを従業員1人あたり約4倍にまで拡大させている。この成功の原動力となったのが、現在、代表取締役を務める小田島春樹氏の存在だ。

かつて大手携帯キャリアで新規事業開拓をしていた小田島氏は、「いずれは実店舗の経営に携わりたい」との思いを抱いていた。そんな折、妻の実家であるという縁もあり、ゑびやの経営を手伝うことになる。そこで、想定外の厳しい現実に直面する。

「当時のゑびやは、収益が低空飛行を続けており、食堂を縮小して、テナントに貸した方がよいのではないかという話が出るほどでした。何しろすべてがアナログで、POSレジもなければホームページもない。また、提供している食事メニューにも特色がなかった。伊勢神宮・内宮前という好立地に恵まれていながら、グルメサイトなどの口コミ評価も低く、地元の人からもあまり知られていない店でした。どこから手をつければいいのかわからないほど、何もない状況だったのです」(小田島氏)


有限会社 ゑびや 代表取締役 小田島春樹氏

データをもとにした経営への転換

特に小田島氏が頭を抱えたのが、経営状況を客観的に分析するための、デジタル化された数値データがないことだった。

「ゑびやのような中小の飲食店でありがちなのが、現場勘や肌感覚を頼りにすべての物事を判断することです。これでは、何か施策を実施しても、『うまくいってよかったね』、あるいは『惜しかったなあ』で終わってしまい、次に何も生かせません。客観的な状況がわかるようなデータとして、数字を残していかなければ、どこに課題があるかが見えないままで、具体的な改善の施策を講じることもできず、それどころかマーケティングの効果もわかりません」(小田島氏)

このままでは、歴史ある店が自分の代で終わりかねない。そんな危機感から、小田島氏は、「ゼロからの再出発」を決意した。

「データがないと何の施策も打てない」ことから、まずは手切りをした食券を頼りに、その日、何のメニューがどれだけ売れたかをカウントして、自ら日々の実績データをエクセルに記録する作業に乗り出したという。それまでほとんどパソコンに触れたこともないようなスタッフも巻き込み、できることからとにかく毎日データを取り、データベース化することをスタートした。

ほかにも同氏は、食堂のメニューを全面的に切り替えて地産地消にこだわったものに変更したり、店舗の内装を変えてイメージを一新させたりした。また、グルメサイトでの評判を上げるべく、高評価の店の口コミ情報の収集と分析にも着手。これにより、観光客は「食べ歩き」や「屋台」を好む傾向が強いことを突き止め、新規事業として屋台の経営も開始した。さらには、自社で企画したオリジナル商品や地元の工芸品を扱う土産物店もオープンさせるなど、多岐にわたる取り組みを進めたのだ。

現在のゑびやの店内イメージ
現在のゑびやの店内

AI技術で翌日の来客数・注文数を予想

このような一連の変革に対し、大きな変化を好まない古くからの従業員たちは猛反発。その結果、ほとんどの従業員が店を去っていった。しかし、小田島氏はそれにひるむことなく、「今やらなければだめになってしまう」と新たな施策を推し進め、着実に収益の増進へと結びつけていく。特に、日々の実績データを基にした施策に手応えを感じ始めた小田島氏は、次第に未来の数字について知りたくなる。

「現場や職人の勘で予想していたことを数値化し、可視化することはできないだろうか」

そんな折、機械学習と出会い、いろいろなデータの相関を見てみたいという気持ちになる。そして、「データを有効活用して、翌日の来客数と注文数を予測すること」に取り組み始めた。

それまで、大きな課題となっていたのが、あまった食材の廃棄問題。来店客数を読み違えて余計に材料を仕入れてしまうと、最終的に廃棄する食材が増えてしまう。かといって、仕入れ量を絞りすぎた場合、販売機会の喪失につながる恐れもある。

ならば、翌日にどのような客層がどの程度来店し、何を注文するかを事前に予測できれば、過不足ない仕入れができるのではないか。「食品ロスをゼロにしたい」と考えた小田島氏は、2016年末ころからシステム開発会社の協力のもと、データとAI(人工知能)技術を駆使した来客予測システムの開発に取りかかる。

開発にあたっては、気温や降水量などの気象データや曜日、自社サイトへのアクセス数、過去の売り上げ実績、スタッフの就業情報など数百項目におよぶ膨大なデータを収集。それらのデータと来客数との相関性をしらみつぶしに分析していった。

「そのような作業を幾度となく繰り返していくなかで、来客数と関連のありそうなデータや、その相関関係が徐々に見えてきました。途方もない作業ですが、AIが信頼できる結果を予測するためには欠かせないプロセスです」(小田島氏)

AIの分析アウトプットイメージ
来客数を予想するゑびやのAI

小田島氏はさらに、同様の方法で、注文数と、それに影響を与えそうな項目との相関分析を実施。これにより、翌日の1時間ごとの来客数と注文数を、約90%の精度で予測できる「来客予測AI」を完成させたのだ。

「このAIを活用すれば、たとえば、『明日は休日だから、○人のお客さまが来店しそうだ』といった勘に頼った曖昧な予測から、データに基づいた高精度の来客数や注文数の予測が可能になります。その結果、朝仕入れるべき食材の発注量にムダがなくなり、食品ロスもなくなり、大幅なコスト低減を実現しました」(小田島氏)

さらに、食材のコスト低減に加え、人員配置のムダも排除できたという。

「1時間あたりの来客数が予測できるようになったので、食堂フロアや屋台コーナー、さらに土産物店について、どの時間帯にそれぞれ何人スタッフを配置させればよいか、的確に判断できるようになりました」(小田島氏)

一般的に、このようなシステムの開発には、巨額の費用が必要だと考えられる。その疑問に対して、小田島氏は次のように答えた。

「確かに大手ITベンダーのなかにも、同様の仕組みを提供しているところがあります。ただ、その価格は、どれも数千万円クラス。われわれのような規模の飲食店では手を出すことが難しいのです。そこで、まずは自分たちでできるところからと、来客と何に相関があるのかを調べるようになりました。天気、降水量、宿泊者数などと重回帰分析して、自分たちなりのアルゴリズムを作り上げた。高い精度で来客予測ができるような仕組みを実現したのです。実際に活用できるまで3カ月程度を要しましたが、そこまでにかかった費用の桁は1つ違います。もちろん、下のほうです(笑)。時間と労力はかかりましたが、得られる効果は、そのような苦労を補って余りあります」(小田島氏)

リアル店舗でECの正確さを再現する

実はゑびやでは、土産物店におけるマーケティング施策の精緻化にも、AIを活用している。

「店舗内外に定点カメラを設置し、クラウドベースの顔認証AIサービスと連携させて、自店舗前を行き交う人の数や性別、入店者数、性別、年齢などを自動で観測・収集しています。この観測データとPOSデータを突き合わせながら、入店率や入店者の男女比率、入店購買率、客単価などを算出するのです。これらの数値は、店舗内外のディスプレイにどの商品をどのように置いた方が女性の入店率が上がるかなど、さまざまなマーケティング施策に役立っています」(小田島氏)

ゑびや土産物店の様子イメージ
ゑびや 土産物店の様子

実はこの発想はECにあるという。ECでは、サイト訪問者のうち、どのような属性の人が、何人購買したかが数値で測れる。それと同じことを、実店舗でも実践することにしたわけだ。店の前を通った人のうち、何歳くらいの人がどのくらいの割合で入店し、さらにそのうちどのくらいの人が商品を購入したかがわかる。これにより、入店率や購買率を上げるためには何が課題で、どこを改善するべきかを把握しているそうだ。

次なる目標は飲食業界と人材育成

小田島氏は日本の飲食店の状況について次のように警鐘を鳴らす。

「日本では、中小の飲食店の多くが、かつてのゑびやと同じように、データ不在な状況で『勘頼み、経験重視』の経営を続けています。また、比較的規模の大きな飲食チェーンなどであっても、接客サービスや調理に最も精通しているはずの店長が本部への報告のためのデータ収集・集計に追われ、調理やサービスの品質が低下するといったジレンマに陥っています」(小田島氏)

こうした状況下にある飲食業界の課題解決に向けて、ゑびやでは、自社で成果を上げたデータ活用の仕組みをクラウドサービスとして同業他社へ横展開していく計画を進めているという。

小田島氏によれば、究極的にはデータ収集・分析、来客予測のみならず、予測に基づく食材の発注や仕入れにいたるまで、データ活用や店舗運営にかかわる作業を可能な限り自動化し、経営者だけでなく、従業員も幸せになる仕組みの提供を目指していくという。

「とはいえ、来客予測AIなどは、そもそも実績データの積み上げがあって、はじめて機能する仕組みです。データの蓄積がない飲食店では、いきなり使えるものではありません。使い方を覚える時間もかかります。しかし、データを活用することで、飲食業界を取り巻く今の環境は変えられるはずです。必要なデータの収集・蓄積のハードルを極力下げて、誰でも簡単に経営状況やマーケティング施策の成否が見えるような仕組みを提供したいと考えています」(小田島氏)

今後は「商売をしたいといっている人が集まる場所を作り、経営者を育てたい」と語る、小田島氏。その視線は、現状の中小の実店舗だけでなく、まだ見ぬ将来の店にも向いている。ゑびやのシステムが、これからどこまで日本の中小企業を元気にできるか。ゑびやの挑戦はまだ始まったばかりだ。

プロフィール

有限会社ゑびや 代表取締役 小田島 春樹氏

1985年生まれ。大学卒業後にソフトバンク株式会社へ入社し人事や新規事業開発を担当。2012年「ゑびや」に入り、専務などを経て17年9月から現職。レストランから小売業、商品開発、データ研究などの事業を新規開発。現在三重大学地域イノベーション学研究科博士課程で論文を執筆中。

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