データ分析

東大 森川教授に聞く「社会を変えるデジタル」[後編]――カギは地方にあり

記事内容の要約

  • 「デジタル」は、IoT、ビッグデータ、AIをワンセットとする汎用技術である
  • デジタルシフトにおいて経営者に必要なのは、「知の探求」
  • 今後デジタルの恩恵を多く受けられる地域として注目されるのは、デジタル化が進んでいない「地方」
  • はてなブックマーク
  • follow us in feedly

この記事の前編を読む

モノや人の動きを感知してデータ収集するセンサーの活用や、人力で行っていた作業をデジタルに替える「アナログプロセスのデジタル化」によってデータ収集を進めるなど、さまざまな産業で「リアルデータ」の収集が進んでいる。今後、産業はどのようなデータ活用に取り組み、そしてどのように変化していくのか。

後編では、デジタル化の現在と今後、さらにビジネスの変化について、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻 教授の森川博之氏に話を伺う。

産業のデジタル変革はまだこれから

IoT(Internet of Things)に軸足を置き、リアルデータの収集と研究、ビジネスにおけるデータ活用を研究する森川氏だが、実は「IoT」にこだわっているわけではないという。

「IoT、ビッグデータ、AIは、3つで1セットだと考えています。IoTを通してビッグデータが生まれ、ビッグデータを解析するためにAIを使う。ビジネスにおいては、3つすべてがデジタル化を進めるためのプロセスです。ですから、私はこの3つを包括して“デジタル”や“ICT”と呼んでいます。そして、今後のビジネスや世の中を変えていくのが、この“デジタル”や“ICT”なのです」(森川氏)

森川氏は、デジタルやICTといった技術を、蒸気機関のようなものだと考えている。それは、すべての産業に影響を与える可能性のある、汎用的な技術だからだ。

「時代をさかのぼれば、蒸気機関もまさに汎用技術でした。蒸気機関によって鉄道が生まれ、鉄道が生まれたことで大量の人々の移動手段や物流が発展し、あらゆる産業が変革していった。デジタルも、あらゆる産業を変革する可能性を秘めた技術という点で同様の意味があります。現時点で、たとえばクラウドやAIが手軽に使えるようになったので、変革のスタート地点に立った段階だといえるでしょう」(森川氏)


東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻 教授 森川博之氏

では、ここから産業はめまぐるしいスピードで変化していくのか。そう問うと、森川氏は首を横に振る。

「たとえば、蒸気機関の次に出現した電気も汎用技術ですが、世の中の蒸気機関が電気に置き換わるまで、約40年という長い時間を要しました。それまで工場の動力だった蒸気機関を電気に置き換えるには、作業員の配置や働き方も大きく変える必要があり、すぐに実行できるものではなかったからです。なかには、職を失う人も出たでしょうし、変化を拒否する現場からは、反発も生まれたでしょう。デジタルも同様です。技術の変化に人間が順応するには、時間がかかります。

これからの10年、20年は、社会的に見て大きな変革の時代になることは確かです。ただ、その一方で実産業が大きく変化していくのには時間がかかります。スマートフォンやインターネットが普及したようなスピードで変化するとは考えづらいですね」(森川氏)

デジタル化は「海兵隊」の意識で

しかし、目に見えた変化が起きていないからといって傍観していては、大きな変革の波に乗り遅れ、いずれビジネスも立ち行かなくなってしまうだろう。森川氏は、何から始めるべきか悩んでいる経営者に対しては、次のように説明しているという。

「経営者の方には、デジタル関連の新規事業を進める部門は『海兵隊』と同じだと思ってほしいと伝えています。敵陣に切り込んでいく海兵隊の任務は、非常にリスクが高い。ただ、リスクが高い反面、任務が成功したときの見返りは大きい。リスクを冒さなければ、大きな戦果は得られません。デジタルへの取り組みも本質的にはそれと同じです。リスクをいとわず、何回も失敗を重ねたその先に成功の可能性があるので、『まずやってみる』ことが重要なのです」(森川氏)

実は、この「まずやってみる」姿勢は、すでにデジタル化が進んでいる業界でよく見られる。たとえば金融業界では、仮想通貨やブロックチェーン技術の活用などのFinTech領域において、利益を度外視して取り組んでいる状況にあるという。今後、デジタルシフトによって金融業がどのような方向に進んでいくのか、当事者であっても予想がつかないからだ。このように、世の中がどう変化しても対応できるように新しい足場を探し続ける姿勢が、経営においては大切だと森川氏は考える。

重要なのは「知の探索」

既存のビジネスを続けていくことが「知の深化」ならば、新たな分野の探索は「知の探索」であると森川氏は言う。

「デジタルは、まだ探索のフェーズにあるんです。そして、先の海兵隊の話のように、探索は失敗する確率が非常に高い。しかし、探索をしなければ世の中の変革についていけず、ビジネスが行き詰まってしまうのです。デジタルの活用は、事業領域の拡大と不可分の関係にあるといえます」(森川氏)

ここで森川氏はユニークな事例を教えてくれた。ドイツの自動車メーカー メルセデス・ベンツの話だ。同社は商用バンの事業において、バンを売るだけではないユニークな「知の探索」を行っているという。

メルセデスが考えたのは、「商用バンの購入者が求めているものは何か?」だった。ドイツにおいて同社の商用バンを購入する層は、電気や水道の修理工が中心だ。彼らは一日の仕事が終わると、客先で使用して足りなくなった部品を補充したり、壊れた工具の交換を行ったりするのだが、その作業を面倒に感じる人も少なくなかった。そこで同社はあるサービスを開始。たとえば修理工が「バルブをとめるネジをこれだけ補充してほしい」という情報をスマートフォンに打ち込むと、メルセデスのサービスマンが自社のストックから注文の部品をピックアップし、その日の夜に自宅に行って車を遠隔で開け、工具箱に補充。修理工は、翌朝の仕事にそのまま向かえるというわけだ。

「まだ実験段階のサービスですが、これは自社の事業領域を『車をつくって売るだけ』と考えていては思いつかないものです。『顧客に商用バンを売っている』という意識ではなく、『顧客が何に困っているのか?』という大きな枠組みで考えたからこそ、生まれたアイデアです」(森川氏)

デジタルによってどのように事業領域を広げられるかという知の探索が、これからの経営者に求められる。特に知の探索を進めるためには、現場レベルの人々に「デジタルによって何を変えられるか」を考えてもらうことも求められる。そのためには、まずトップが自分のマインドを変え、そのうえでデジタルへの旗振り役を担うことが大切だと森川氏は説く。

「重要なのは、とにかくトップが『デジタルで変革を起こそう』と言い続けることです。すると、最初は興味を示さなかった現場の人間も、やがて考え始めてくれる。その好例が、米国のゼネラル・エレクトリック(以下、GE)です。GEはジェフリー・イメルト(*1)が10年以上前からデジタル変革を訴え続けてきました。その結果、今のデジタル・インダストリアル・カンパニーであるGEが存在するのです」(森川氏)

キーワードは「異業種」と「地方」

労働人口が減少する日本では、業務効率化や生産性向上などの文脈でデジタルを活用することが多い。

「建設業は2025年までに、建設業界の技能労働者数は130万人減少するといわれ、いまと同じ仕事の方法では立ち行かなくなります。そこで、鹿島建設が主幹事を務める、産業競争力懇談会(COCN)は、2年前に『スマート建設生産システム』(*2)というレポートを発表しました。建設業の企画・設計から施工、監理、維持などといったプロセスのなかで、どの部分をデジタル化できるかを検討しています」(森川氏)

さらに森川氏が今注目しているのは“地方”だという。

「地方は中小企業がほとんどで、生産性も低い。そしてデジタル化が進んでいない企業がほとんどです。しかしこういった企業こそデジタルシフトの恩恵を受けやすく、生産性が上がる可能性を秘めているんです」(森川氏)

デジタル化に取り組んだ例では、埼玉県川越市にあるイーグルバスがある。同社は抱えていた赤字路線を、わずか2つのセンサーを活用することで黒字化した。

「イーグルバスが導入したセンサーは、GPSと乗降客数センサーだけ。バス停で何人降りたかを可視化したんです。それだけで、効率の悪い路線の変更や、時刻表の再設定などをして、赤字路線を黒字化した。仕組み的には恐らく誰でもできるでしょう。大切なのは、デジタルで何ができるのかを考えることです。同様の可能性が、地方には膨大に転がっているはずです」(森川氏)


イーグルバスの収支改善の方法

また、森川氏は「地方には変われる素地(そじ)がある」という。地方はコミュニティーが小さく、さまざまな異業種の人が近い距離に存在しているからだ。

「たとえば、地方ではIT企業の社長と、ペンキ屋の社長や水道屋の社長が友人同士であるこということも珍しくありません。IT系の人と他業種の人が関係構築することで、デジタルシフトが進む可能性が地方には数多く存在します。また、横のつながりが強い地方だからこそ、1社がデジタル化に成功したら、他業種であっても成功例が広まり、挑戦する企業が増えるのです」(森川氏)

汎用技術として今後数十年かけ、着実に各産業へとデジタル活用が根付いていく。知の探索をしていくためには、試行錯誤を繰り返し、さまざまな人と交わりながらゴールを模索していくしかない。暗中模索のようにも思えるが、それこそが最速の道だ。まずデジタル活用で何をできるか考え続け、試し続けること。当たり前のようだが、この王道こそがビジネスに変革をもたらすのだ。

注釈:
(*1)2001年から2017年までGEの最高経営責任者を務めた経営者。GEのデジタル化を強力に推進した。
(*2)スマート建設生産システム(外部サイト)

プロフィール

東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻 教授 工学博士  森川 博之氏

1987年東京大学工学部卒。モノのインターネット/M2M/ビッグデータ、センサネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究開発に従事。OECDデジタル経済政策委員会副議長、新世代M2Mコンソーシアム会長、総務省情報通信審議会委員。国土交通省国立研究開発法人審議会委員など。

  • はてなブックマーク
  • follow us in feedly

Insight for Dの
ページにいいねしよう!

「いいね!」してInsight for Dの最新情報をチェック

Q. Yahoo! JAPANのデータソリューションは何がスゴイんですか? 答えはこちら

Q. Yahoo! JAPANのデータソリューションは何がスゴイんですか? 答えはこちら

Insight for Dの公式Facebookページ、Twitterでも最新情報や取材の様子を発信中。