マーケティング戦略

「AI」×「人間」で介護はどう進化するか

記事内容の要約

  • 現在の介護業界では、介護に関わる担当者の経験値によって被介護者に提供するサービスの質にばらつきがある
  • 経験の浅いケアマネジャーでもベテラン並みのケアプランが作成できるようにAIを活用
  • AIは人間の「相棒」であり、介護においては人間の存在意義はなくならない
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厚生労働省の社会保障審議会が2017年4月26日に公表した「介護分野の最近の動向」(*1)によると、要介護(要支援)認定者数は622万人で、介護給付費の総額は10.8兆円にのぼる。団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年を目前に控えた日本では、介護人材の不足や社会保障費の増大が大きな課題となっている。

一方で、介護サービスの「質」をどのように担保していくかも重要な問題であり、AIを活用してこの問題を解決しようとしているのが、株式会社シーディーアイ 代表取締役の岡本茂雄氏だ。「人間にしかできない」印象のある介護の現場で、AIはどのような役割を果たそうとしているのか、話を聞いた。

一筋縄ではいかない介護サービスの質向上

一口に介護サービスといっても、その種類はさまざまだ。被介護者の身体状況や家族との関係、被介護者本人のライフスタイルなど、さまざまな要素が絡み合うことで、「望ましい介護」の形は異なる。また、必要とされる介護のレベルは個々の状況によって変動するため、年齢で区分けした一律の介護指針も立てられない。それでも1人の人間を介護するためには、ケアプランを作成するケアマネジャー、施設などでケアマネジャーと連絡をとりながら援助業務を行う生活相談員、現場で実際に介護を行う介護福祉士など7~8職種もの専門職が関わっており、それぞれの知見を集約しようとすると膨大なコストと時間がかかる。

こうした複雑な問題を解決する手段としてAIに着目したのが、株式会社シーディーアイ代表取締役の岡本茂雄氏だ。

「現状、介護は現場のプロフェッショナルが自身の経験にもとづいた専門的な技術によって行うものです。ですが、なかには経験の浅い人もいます。そうなると、どうしてもサービスの質にばらつきが出てしまう。そこで、ベテランが持つ知見やノウハウを科学的に分析して共有できれば、全体的に介護の質を高めていくことができるのではないかと考えました」(岡本氏)


株式会社シーディーアイ代表取締役 岡本 茂雄氏

日本独自の「介護ビッグデータ」を活用するために

2014年、オバマケア(*2)によるアメリカの医療の変化を視察するためにシリコンバレーを訪れた岡本氏は、医療現場でAIが積極的に活用されているのを目の当たりにした。

「驚いたのは、現役の医師や看護師たちが、自分たちの仕事を高度化するために、自らベンチャー企業を立ち上げてツールを開発していたことです。特に、複雑な保険制度の処理を行うために、AIの活用が盛んでした。彼らは発明が形になった瞬間に大企業へ売却し、そこで得たお金で次の開発を始める。だからスピードが速いし、どんどんAIの技術が進化しているのです」(岡本氏)

1983年に東京大学医学部保健学科を卒業後、介護分野における新規事業の開発とその事業化に一貫して従事してきた岡本氏が、AIの特性が生かせる分野として着目したのが、要介護者のためのケアプラン作成支援だった。ケアプランとは、要介護者の心身の状態や生活環境、本人の希望などを考慮したうえで適切なサービスを受けられるよう、介護の専門家であるケアマネジャーが作成する介護の計画書だ。これによって、より充実した生活を送るための目標が設定されると同時に、介護保険で受けられるサービスの回数や頻度などが決められる。

ケアプランの作成には、市区町村の窓口で要介護認定の申請を行う必要がある。申請後、調査・判定などを経て、「非該当(自立)」、2段階の「要支援」、5段階の「要介護」のいずれかに決定されるが、この過程で『自分で食事ができるか』『自分で歩けるか』など74項目について、詳細な調査が行われる。

要介護認定の流れをあらわす図
要介護認定の流れ

実はこのデータは、2000年の介護保険制度の開始時から蓄積されており、いまや日本が世界に誇るべき介護ビッグデータとなっている。岡本氏は、この膨大なデータをAIに学習させることで、優れたケアプランの作成が実現できるのではないかと考えていたのだ。

そんな矢先に岡本氏は、AI研究の若き天才、スタンフォード大学のグイド・プジオル博士に、視察先のシリコンバレーで出会った。博士に「日本の介護保険制度で蓄積されたビッグデータを活用して、介護分野でAIを使ってみたい」とアイデアを持ちかけたところ、すっかり意気投合。早速、実現に向けて動いた。2カ月後、要介護者の自立支援で大きな成果をあげてきた埼玉県和光市を舞台に、厚生労働省の補助金を受けて、AIがつくるケアプランの評価実験を実施。実験結果をもとに、実用化に向けてさらなる改良を行うべく、岡本氏は現在の株式会社シーディーアイを立ち上げるに至った。

人間の相棒となるAI

では、AIがつくるケアプランとは、いったいどのようなものだろうか。

岡本氏がAIに求めたケアプランの方向性は2つだ。1つめは、「ADL(日常生活動作)(*3)やIADL(手段的日常生活動作)(*4)の改善」を図るプランが出てくること、つまり、要介護認定の際の74のチェック項目数値を改善させる有効なケアプランを、AIが設計できるかどうか。そして2つめは、科学的な根拠に基づいて「要介護者が望む、理想の状況に近づける」ことだ。加齢とともに要介護度が上がっていくのは致し方ないという思い込みを捨て、夢や目標に近づくためのケアプランが求められる。

この2つのポイントに基づき、AIは要介護認定の過程で取り込まれたデータから3つのプランを提示する。実は、AIの作成するケアプランは、そのまま要介護者に渡されるのではなく、ケアマネジャーの手が加わることが前提になっている。

「勘違いしてほしくないのですが、私はAIにケアプランづくりをすべて任せて、介護を効率化しようと考えているわけではありません。AIを活用するのは、AIが出したプランをもとに、ケアマネジャーが個々の希望に応じたよりよいケアプランを考えるためです。AIが提示するケアプランを絶対だと思ってはいけませんし、“唯一無二の絶対的なケアプラン”というものも存在しません」(岡本氏)

取材風景

そして、こう続ける。

「私がやりたいことは、AIによって介護サービスの質を圧倒的に上げること。ケアマネジャーには、介護される側の尊厳を大切にしながら、ご本人やご家族の方と話し合う際のツールとして、AIを相棒のように活用してもらいたいのです。介護を受けることによって実現したいことは人それぞれで、孫と一緒に歩ければそれでいいという人もいれば、温泉旅行を楽しみたいという人だっているでしょう。それらを実現するために、ケアマネジャーにはAIを利用してほしい。AIを活用するというと、人間の仕事がすべて奪われるのではという議論が必ず出てきますが、介護分野においてはそうはならないと思います」(岡本氏)

AIを活用した介護の未来

2017年11月から2018年2月にかけて、愛知県豊橋市内のケアマネジャー33名が参加して、シーディーアイのAIを利用する実証プロジェクトが実施された。AIに学習させたデータは、匿名加工された豊橋市の介護保険データ2009年~2016年分の約10万件だ。


豊橋市での説明会の様子

この取り組みにさきがけ、同社はケアマネジャーに向けた事前セミナーを開催。AIに対するケアマネジャーたちの警戒心を解き、自立志向になってもらうために、「AIは仕事を奪うものではない」「AIは自立支援プラン作成に役立つ」ということを説明し、AIが提示したケアプランを自らの仕事にどう生かせるかを伝えた。

最終的に、このプロジェクトの参加者からは非常に好意的な反応を得ることができた。経験が浅いケアマネジャーからは「思いもよらなかったプランが出てきた」「お客さまと対話する際に自信が持てるようになった」といった声が聞かれ、ベテランからは「自分が考えたプランと同じものが出てきた。『自分のプランに自信を持っていい』と背中を押してもらえたように感じた」との声があがったという。

「ケアマネジャーとして現場で働いている人は、現在8万人ほど。経験豊富なケアマネジャーは、優秀な人材として活躍しています。しかし、8万人全員を同じレベルに育てるのは不可能です。そこで、膨大なデータを学習したAIを活用するのです。富士山に登るときに、5合目までは車で行くのと同じように、たとえ経験の浅いケアマネジャーでも、AIを活用して知見を底上げできれば、5合目レベルから仕事に取り組むことができるのです。そして、経験豊富なケアマネジャーであるほど、個人の知見や経験と掛け合わせてよりよいケアプランがつくれると信じています」(岡本氏)

同社のAIは、まだまだ成長途上の子供だと表現する岡本氏。優れたケアプランを作成するためには、学習させるデータはまだ山ほどあるし、学習のさせ方にも検討の余地はある。今後どのように進化していくのか。

「人間でもAIでも、どのように育つのかは、育てる側の責任。だからこそ、最初の教育が極めて重要なのです。われわれの思いに共感して、一緒にAIを育ててくれるパートナーを増やしていきたい。AIのつくるケアプランが、ケアマネジャーたちからみて良質なものだといえるレベルに達したら、商用化に踏み切りたいと思います」(岡本氏)

さらに岡本氏は、AI活用の今後の展望についてこう話す。

「私が介護業界で仕事を始めて35年。これまでにも、介護ロボットを開発したり、少額短期保険の会社を立ち上げたりしてきましたが、将来的には、自分がやってきたあらゆる事業領域にAIを持ち込んで、どんどん介護を科学化していきたい。ケアプランの作成だけで終わらせるつもりはありません」(岡本氏)

人間の仕事を奪うものとして、脅威のように語られがちなAIだが、岡本氏の話を聞くと、実は人間のよき「相棒」となる可能性に気づく。本格的な高齢化社会に突入し、それぞれが生き方を模索している日本。シーディーアイのAIは、その未来をよりよいものへ変えようという希望に満ちている。

注釈:
(*1)厚生労働省社会保障審議会介護給付費分科会 2017年4月26日資料「介護分野の最近の動向」(外部サイト)
(*2)アメリカ合衆国のオバマ前大統領が取り組んだ医療保険制度改革。貧富の差による健康格差の是正を目的に導入された
(*3)食事やトイレなど、日常生活で習慣的に行っている行動
(*4)自分で電話をかける、自分で買い物をするなど、日常生活のなかでもADLより複雑な行動

プロフィール

株式会社シーディーアイ代表取締役 岡本 茂雄氏

1983年に東京大学医学部保健学科卒業後、35年間一貫して介護分野における新規技術の開発とその事業化に従事。2017年に株式会社シーディーアイを設立して代表取締役社長に就任。自立支援型介護の実現を目指してAI(人工知能)の開発・事業化に取り組んでいる。

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