マーケティング戦略

無意識を動かす「センサリーマーケティング」[前編]――行動メカニズムの秘密

記事内容の要約

  • センサリーマーケティングとは、人間が五感への刺激に対して無意識に行動するメカニズムを解き明かして、マーケティング活動に生かそうというもの
  • 五感それぞれに特化した研究とは異なりセンサリーマーケティングでは、五感に関わる変数を総合的にとらえた研究がされている
  • 五感に訴えるマーケティング手法は古くからあるが、商品の外観やにおいなどを直接想起させない刺激を与えて、顧客の行動を促す点にセンサリーマーケティングの新しさがある
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人間は、外界から入って来る刺激や情報を、過去の記憶と照らし合わせながら意識的に合理的な判断を下したり、行動したりする。一方で、特に合理的な理由はなく、無意識のうちに判断、行動してしまった経験は誰もが持っている。

このような人間の無意識の行動メカニズムを明らかにして、マーケティング活動に生かそうという試みが、「センサリーマーケティング(感覚マーケティング)」だ。「感覚」というと、あやふやでつかみどころがないように思えるが、センサリーマーケティングとはどのようなものなのか。第一線で研究する早稲田大学教授の恩藏直人氏に聞いた。

紙のDMはなぜ効果的なのか

Insight for Dの過去記事『デジタル時代のDM活用戦略』でも取り上げたが、アメリカ合衆国郵便公社の調査によると、デジタルネイティブともいえるミレニアル世代は、紙のDM(ダイレクトメール)に対して厚い信頼を寄せており、DMの影響で商品を購入することも多いという。同記事では、メールと比較したDMの強みを「保存性」「拡散性」「内容認知性」「記憶定着性」の観点から整理した。

メールよりDMのほうが、内容が記憶に定着しやすく回覧もしやすい。また物理的に手に取れるメリットもある
紙とメールの特性の違い

紙のDMには、紙そのものの手触り、封筒を開けて冊子のページをめくるという行為や、インクの香りなど、メールにはない人間の感覚に働きかける要素がある。

これらの要素が、顧客の心理や行動に何らかの影響を与えているのではないか。このような考えのもと、人間の感覚(五感)への働きかけの効果やメカニズムを解明し、マーケティングに応用しようというのがセンサリーマーケティングだ。

従来の五感に訴えるマーケティング手法と何が違うのか

センサリーマーケティングは、2000年代に入って発展してきた分野で、日本では「感覚マーケティング」とも呼ばれている。マーケティングの新たなトピックとして近年注目を集め、さまざまな研究論文や実験結果なども発表されている。

「五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)への働きかけによって、顧客の行動に影響を与える」と聞いて、「視覚や聴覚に訴える広告・販促活動は、すでに行われてきており、別段新しくないのでは?」と疑問に思う方もいるはずだ。

たしかに、五感に訴えるマーケティング手法は古くからある。スーパーマーケットにおけるBGMと購買行動との関係性の研究は、30~40年ほど前から行われており、テーブルクロスの色や店内の香りが顧客の滞在時間や購買行動にどう影響を与えるかという研究もすでに存在する。

しかし、国内でのセンサリーマーケティング研究の第一人者である早稲田大学商学部教授の恩藏直人氏は、次のように説明する。

「かつての研究は、感覚ごとの領域で進められてきました。裏を返せば、五感を総合的に捉えるという視点がなかったのです。

人気の喫茶店があるとします。人気の理由として、おいしいコーヒーを出してくれるというほかにも、店内の壁やテーブルクロスの色が、客の気分に何らかの影響を与えている可能性があります。あるいは、店内に漂う香りやBGMが心地よさを感じさせ、長居したくなるのかもしれませんし、椅子の座り心地がよいのかもしれません。人気店になった理由は1つではなく、さまざまな要素のかけあわせなのです」(恩藏氏)

人間は五感を通してさまざまな刺激や情報を常に受け取っている。五感に関わる変数を断片的に捉えるのではなく、総合的に捉えて研究しようというところにセンサリーマーケティングの新しさがある。


早稲田大学商学学術院長教授 博士(商学) 恩藏直人氏

無意識に生み出される行動のメカニズムとは

従来の五感に訴えるマーケティングと、センサリーマーケティングとの違いはもう1つある。それは、「商品や個人の記憶とは無関係な五感への刺激」が行動にどう影響するのか、そのメカニズムまで解き明かそうとしている点だ。

たとえば、コーヒー店やうなぎ店では、店舗周辺にまで香りを漂わせて来店を促すという施策がよく行われる。これは、感覚(嗅覚)に訴えかけているという点ではセンサリーマーケティングに近い。しかし、コーヒーの香りやかば焼きの匂いが人の記憶と“直接”結びつき、商品を想起させているという点でセンサリーマーケティングそのものではないのだ。

恩藏氏をはじめ、センサリーマーケティングの研究者が取り組んでいるのは、商品やサービスとは無関係な感覚への刺激が、どのような行動を促すのかである。

「人間の情報処理プロセスは、外部からの刺激を受けると、感覚レジスターと呼ばれる『五感センサー』のようなものが反応し、短期記憶として蓄積されたり、長期記憶が呼び出されたりします。その影響を受けて実際の行動に移ると考えられていて、いわば意識的なものといえます。その意味で、コーヒーやうなぎのかば焼きの匂いでお客を呼び込むというのは、意識的なものであって、従来のマーケティング手法の延長線上にあります。一方、人間の情報処理プロセスには、過去の記憶とは無関係に、明確な理由や意識がないまま行動に移るというものもあります。センサリーマーケティングの研究は、まさにこの領域です」(恩藏氏)

イメージ図
人間の情報処理プロセス。破線の円で囲んだ流れが「センサリーマーケティング」

人間は、意識的な行動だけでなく、無意識による行動もとる。これは購買行動においても同様で、確固とした理由がないまま商品を選択した経験は誰にでもあるのではないか。そのメカニズムを研究するのが、センサリーマーケティングなのだ。

無意識の行動メカニズムを明らかにすることは、ある意味で人間そのものの探求であり、決して容易ではない。しかし、「商品や顧客の記憶とは無関係な五感への刺激によって、購買行動を促す」という考えは机上の空論ではなく、すでに施策例もある。

後編では、センサリーマーケティングの具体的な事例や課題、今後の展望について聞いていく。

前編を読む | 後編を読む

プロフィール

早稲田大学商学学術院長教授 博士(商学) 恩藏 直人氏

1982年早稲田大学商学部を卒業後、同大学大学院へ進学。その後、早稲田大学商学部助手、専任講師を経て1996年より教授。2008年~2012年早稲田大学商学学術院長兼商学部長、2013年から早稲田大学理事、広報室長。主な著作に『マーケティングに強くなる』(ちくま新書)など。

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