マーケティング戦略

農家と消費者をブロックチェーンでつなげ!「生産者の理念」でつくるモノの価値

記事内容の要約

  • イノラボは、有機農産物の生産者と消費者の双方のニーズをマッチングさせるために、ブロックチェーンによるトレーサビリティーを発案
  • ブロックチェーンは、情報を改ざんすることはできないが、偽装した情報は登録できてしまう。ただし、誰が偽装したかの特定は可能であるため抑止力になる
  • 消費者が価格ではなく「生産者の理念・自信」などを基準に商品を選ぶ「エシカル消費」の普及を目指す
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この記事の前編を読む

先端技術を活用して、さまざまな社会課題の解決に挑んでいる株式会社電通国際情報サービス内の研究組織「オープンイノベーションラボ」(以下、イノラボ)。2017年3月に同組織は、有機農産物の生産者と消費者双方の抱える課題を解決するために、ブロックチェーンを活用した有機農産物の品質保証を行うトレーサビリティー(*1)の実証実験を、宮崎県綾町とともに実施した。

前編ではイノラボの概要を紹介するとともに、パブリックチェーンとプライベートチェーンという2種類のブロックチェーンについて触れた。後編では、それらのブロックチェーンを活用してトレーサビリティーを行った経緯と成果、展望に迫る。

われわれが抱く食品への不信感

「安心安全な食品を口にしたい」というのは、消費者に共通した思いではないだろうか。しかし、食品偽装のニュースは後を絶たず、生産者が発信する情報を信頼しきれないのが現実だ。世界でも『フェイクフード』の問題が深刻になっていると、株式会社電通国際情報サービス オープンイノベーションラボ 鈴木淳一氏は語る。

「たとえばオーストラリアでは、殻も中身もすべてプラスチックでできた人工卵が10個1ドルで販売されています。見た目も味も卵なので、中食・外食業者のコスト抑制策として選択肢の1つとなっており、知らずに食べている可能性もありますが、安全性の保証などありません」(鈴木氏)


株式会社電通国際情報サービス オープンイノベーションラボ 鈴木淳一氏

日本では、市販のサラダなどに入っているゆで卵の一部にロングエッグ(*2)と呼ばれる加工食品が使われている。こういったものは、どこまで商品の原材料表示に記載されているのかわからないことも多く、飲食店がそれらを食材として利用する場合、客がそのことを知るすべはほとんどない。「食に対する信頼」の問題は、世界のあちらこちらで起きているのだ。

既存の方法では伝えられない、綾町の野菜の価値

生産者側も課題を抱えている。

宮崎県綾町は、農薬や化学肥料を使わない有機農法に古くから町をあげて取り組んでいる。その目的は、消費者の食の安全を確保するためだが、自然を守るためでもある。綾町は日本で初めて生態系保護に関する条例を定めるなど、積極的に環境保護活動を推進していることから、有機農法を積極的に取り入れている。

ただ、有機農法は手間とコストがかかる。化学肥料を使った農業のほうが経済的で手もかからず、生産力も上がるのだが、一度でも土に化学薬品を入れてしまうと3年は薬品の影響が残る。自然生態系を保護することを最優先に考える綾町としては、有機農法は変えずに続けたかった。

綾町の農家が有機農法を続けていくためには、「生産コストを下げる」か「販売価格を上げる」しかない。この2つの選択肢の中で、綾町は販売価格を上げる道を選んだ。

価格を上げるには消費者に「価値」を伝える必要がある。その価値を示すためにわかりやすいのは、第三者機関による認定証などを示すことだが、有機農法における最上位の認定マークである「有機JAS」では、一部の薬剤が使用できるほか、堆肥が動物性か植物性かまでは区別されない。綾町の一部の有機農家は、自然生態系を守るために植物性堆肥による農法を続けているので、有機JASでは価値を十分に示すことにはならなかった。一方で、「植物性堆肥で作られた野菜はアレルギーを起こしにくい」という情報をもとに、「植物性堆肥の野菜を選びたい」という消費者は一定数存在する。綾町は、自分たちの生産する野菜の価値を独自に伝える取り組みを始めることにした。

偽装はできるが、嘘はつけないのがブロックチェーン

綾町の課題を知ったイノラボは、研究プロジェクト「IoVB(Internet of Value by Blockchain)」の活動の一環として、ブロックチェーンを活用したトレーサビリティーの取り組みを綾町に持ちかけた。

かねて綾町は、農産物の植え付けと収穫、肥料や農薬の使用、土壌や農産物の品質チェックなどの生産管理において、独自の厳格な基準を設けてきた。これらをブロックチェーン上に記録して消費者に明らかにすることで、出荷する農産物の品質の高さをアピールしようという取り組みである。

「ブロックチェーンによって生産履歴を証明できるようになれば、植物性堆肥だけで作った野菜が欲しい消費者と、有機JASにはない価値があると認めて欲しい農家をつなげることができる。バリューとバリューのマッチングが実現できると考えたのです」(鈴木氏)

ただし、1つ問題がある。それは「偽装」に関する問題だ。誤解されがちだが、ブロックチェーンはあくまで、後から情報を「改ざん」できないだけであって、そもそも登録する情報を偽装することは防ぐことはできない。つまり、一度「農薬を使用」と登録したデータを後から書き換えることはできないが、始めに無農薬と偽って登録することはできてしまう。これについて鈴木氏はこう説明した。

「たしかに情報を偽ることは可能です。ただし、どこで、誰が、どのようにデータを引き継いだのかという情報は、参加者全員が監視できます。つまり、誰が嘘をついたかはすぐばれるのです。農家の皆さんには『嘘がつけない仕組みではなく、嘘をついたら露見する仕組みですよ』と説明しました。虚偽行為は個人名で特定されてしまうという牽制力は、狭い地域コミュニティーでは相当大きい。裏を返せば、『私たちは真摯に野菜づくりをしている』という証明になるのです」(鈴木氏)

2種類のブロックチェーンで実現するトレーサビリティー

イノラボは今回の取り組みで、パブリックチェーンとプライベートチェーンという2種類のブロックチェーンを使い分けた。

まず、綾町の各農家による植え付け、収穫、肥料や農薬の使用、土壌や農産物の品質チェックなどのすべての生産履歴は、綾町が運用・管理するプライベートチェーンに記録される。プライベートチェーンは処理速度が速いというメリットがあり、繁忙期の収穫ラッシュのスピードにも対応できるからだ。ただし、これだけでは情報の信頼性を担保できない。

そこで、プライベートチェーンに登録された情報をハッシュ化し、エストニアのGuardtime社が運用・管理するパブリックチェーンにも登録されるようにして、データの改ざんを防ぐアンカリングと呼ばれる仕組みを構築した。

上記の図表化
綾町のトレーサビリティーの仕組み

「2段階方式にすることで、プライベートチェーンの処理速度の速さとパブリックチェーンの信頼性の高さという、それぞれのメリットを生かす形でのトレーサビリティーが可能になりました」(鈴木氏)

こうして生産された野菜は、実際に東京六本木のアークヒルズで開催されている朝市「ヒルズマルシェ」で販売された。一つひとつの野菜にはNFC(*3)タグ付のQRコードが印刷されており、そこにスマートフォンをかざすと、ブロックチェーンに登録された情報が開くようになっている。消費者は、その野菜が間違いなく綾町で作られたもので、厳しい基準をクリアして生産されたものであると店頭で確認してから購入できるのだ。野菜の販売価格は、九州圏内で売られる野菜の2倍に設定したが、それでもあっという間に完売したそうだ。

イメージ
1つずつ異なるQRコードが印刷された野菜

価格とは別の価値基準を

実証実験を経て、綾町の課題解決に貢献したイノラボ。鈴木氏は、「今回もう1つ学んだのは、消費に対する行動変化が見えたことでした」と振り返る。

「かつては、『安ければ買う』というように、消費購買の判断基準は『価格』でした。それが、商品に対する生産者の理念などにどれだけ共感できるかが判断基準となる時代に変わるかもしれません。こうした行動は、ヨーロッパでは『エシカル消費(*4)』としてすでに広まっています。価格だけに価値を置いていたら、いつの間にか食卓は安価でフェイクな食べ物ばかりになってしまうかもしれない。そうならないよう、消費者の価値がどんどん細分化されるなかで、『エシカル消費』を普及させていきたいと思っています」(鈴木氏)

今回の実証実験では、生産物の品質保証に重点が置かれたが、今後は協力者を増やして流通品質まで担保できるようにしていきたいと話す鈴木氏。

ブロックチェーンを活用することで、生産者と消費者を「信頼」というつながりで結ぶトレーサビリティーの実現は、まだこれからが本番だ。しかし、「生産者の理念」が交換価値となる新しい消費の世界が生まれれば、農業だけでなくあらゆる産業の構造に影響を与えるに違いない。

前編を読む | 後編を読む

注釈:
(*1)農産物の安全性を保障するために、栽培から加工、製造、流通などの生産履歴を明らかにすること
(*2)たくさんの卵の黄身と白身を分けて棒状の容器に入れ、さらに添加物を加えて作りあげた人工のゆで卵。主に東ヨーロッパで作られている
(*3)主にスマートフォンに搭載されている通信・認証技術で近距離無線通信と訳される。日本国内の交通系ICカードや電子マネーに使われるFeliCaもNFCの一種
(*4)人体や環境への考慮、社会貢献の度合いを判断基準として消費する行動、理念のこと。倫理的消費ともよばれる

プロフィール

株式会社電通国際情報サービス オープンイノベーションラボ プロデューサー 鈴木 淳一氏

入社後、ロイヤルティ管理やM&A事案に従事し2011年イノラボへ。グランフロント大阪のICTコンセプトデザインを手掛け2013年Aegis Award最優秀賞を受賞。専門はPost City Science(未来都市)、Inbound Scape(訪日価値向上)など。ブロックチェーン推進協会トレーサビリティ部会長、放送大学客員講師を務める。

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