注目のトレンド

スパコンを超える? いま、量子コンピューターが注目される理由

記事内容の要約

  • 従来のコンピューターとは動作原理が大きく異なる量子コンピューターは、現在のコンピューターが持つ課題を解決する可能性を秘めている
  • 量子アニーリングという技術の登場によって、産業界も量子コンピューターに注目し始めた
  • 量子アニーリングを採用した量子アニーリングマシンの用途は限定的だが、周辺技術の発達も進んでいることで活用の可能性は広がってきている
  • はてなブックマーク
  • follow us in feedly

近年、世界的に量子コンピューターへの関心が高まりつつある。

「量子コンピューター」は、何十年も前から研究されているにもかかわらず、実用化まではまだ遠いと考えられていた。ところが、2011年にカナダのD-Wave Systems社が、世界初の商用量子コンピューター「D-Wave One」を発表。その後、Googleや航空宇宙局(NASA)との共同研究を開始したことでIT業界でも話題となり、産業やビジネスへの応用が模索され始めてきた。

はたして、量子コンピューターとはどのようなものなのか。また、それはビジネスや生活に影響を与える存在になり得るのか。東北大学 量子アニーリング研究開発センター・センター長を務める大関真之氏に聞いた。

既存のコンピューターを上回る「量子コンピューター」とは

――量子コンピューターは、よく「未来のコンピューター」として紹介されますが、われわれが現在利用しているコンピューターとは、どのように違うのでしょうか。

大関真之氏(以下、大関): まず、動作原理が大きく異なります。現在のコンピューターといわれているものは、情報を電気の流れのオン(=1)とオフ(=0)、デジタルデータの形で扱います。一方、量子コンピューターでは、量子の性質を利用することで、情報を「0と1の重ね合わせの状態」で扱うことができます。この中途半端な状態を利用すると、既存のデジタルコンピューターを大きく超える処理性能を発揮できるのではないかと考えられています。

――処理能力のほかには、どのような点が優れているのでしょうか。

大関: 消費電力が飛躍的に低減する可能性があります。ご存じのように、現在のコンピューターに使われるチップは、微細化が限界に近づくにつれて、性能の伸びが緩やかになっています。複数のチップやコンピューターによる並列処理、GPUのような専用処理チップを用いることで性能向上を維持しようとしていますが、今度は消費電力や発熱量の高さが問題になっています。

一方、量子コンピューターのチップとして出てきているものは、超伝導現象を利用するので動作時の消費電力が非常に低いという特徴があります。超伝導現象を起こすと電気抵抗が非常に小さくなるため、とても微弱な電気で動作させることができます。超伝導状態を維持するためには、希釈冷凍機という大型の機材を使ってチップを冷却する必要があります。そのためのエネルギーは必要ですが、それでも現在のコンピューターに比べると電力の消費量を飛躍的に低減できる可能性があります。


東北大学 量子アニーリング研究開発センター・センター長 大関真之氏

量子コンピューターの実用化はどこまで進んでいるのか

――量子コンピューターの研究は、いつごろから始まったのでしょうか。

大関: 「量子の性質を利用してコンピューターを作ってみるとどうなるか」といった動機で、1980年代から始まりました。そして試行錯誤するうちに、素因数分解(*1)を高速に解くことができそうだとわかったわけです。裏を返せば「かんたんに暗号を解読されてしまうのではないか」ということになるので、暗号技術の研究推進にも影響を与えました。

――量子コンピューターの研究は、始まってから40年近く経つわけですね。その実用化に関しては、今どのような状況なのでしょうか?

大関: まだまだ小さい量子ビット(*2)数のチップの作成に成功した段階で、それを利用したからといって、身近な暮らしが劇的な変化を迎えるわけではありません。ただ、「それを利用したら、どんなことができるのか?」という期待に満ちた研究開発が進んでいます。

――量子コンピューターの研究は、これまで理論が先行して発展してきた分野だといわれていますが、製造技術がだんだんと追いついてきたということでしょうか?

大関: そうですね。これまでに考えられてきたことが、テストできるようになってきました。「少し現状の製造レベルに理論を合わせてみたら実験できる状況になった、そうしていざ実装してみたら理論どおりだった(もしくはそうならなかった)」と、次々に新しい発見が起こっている段階です。限定的な用途であっても、「現状のコンピューターを利用している作業の一部を置き換えることができないだろうか?」という小さい量子ビット数のチップの面白い使い道の模索が続いています。

――先ほど、量子コンピューターの研究が進む段階で暗号技術の研究に議論を巻き起こしたとお聞きしました。たとえば今後、仮想通貨などの仕組みに対しても影響を与えるということはあるのでしょうか。

大関: 暗号化技術は、基本的に「解読するには、膨大な計算量が必要になる」ことで安全性が担保されています。これは、仮想通貨の基盤であるブロックチェーンも同様です。ですので、その耐改ざん性が量子コンピューターによって崩されるという話は、確かにありえなくはないでしょう。ただし、現状利用されている強固な暗号技術に対して、量子コンピューターを用いて解読しようといえるほど、量子コンピューターのチップは完成されていないので、今すぐどうこうできるわけではありません。

さらに、暗号解読に量子コンピューターを使えるようになる頃には、他の情報セキュリティー技術も当然進化しています。そう考えると、暗号化技術に対する懸念は個人的にはさほどないですね。とはいっても、技術の飛躍的進歩は突然やってきます。破るにせよ、守るにせよ、興味を持って注視するとよいでしょう。

一つの技術が、量子コンピューターの可能性を広げた

――実用化にはまだ道のりが長いというわけですね。しかし、それでも量子コンピューターがメディアで取り上げられる機会は増えています。いったい何がきっかけなのでしょうか。

大関: ここ数年の盛り上がりは、「量子アニーリング」を動作原理とする量子力学を利用したデバイスの登場が引き金になったといえるでしょう。カナダのベンチャー企業のD-Wave Systems社が開発した量子アニーリングマシンです。

量子アニーリングとは、量子力学の「重ね合わせの状態(情報を0と1を重ねて利用できる中途半端な状態)」を利用した技術で、「組合せ最適化問題」を解く方法です。

組合せ最適化問題は、身近な例では経路探索の問題で考えるとよいでしょう。「左右どちらの道に進めば、最短で目的地に行けるのか」という選択を何度も迫られる。これを考えるためには、すべての道を試しに進んでみて、より距離が短くなる組合せを見つけ出さなければなりません。量子アニーリングでは、重ね合わせの状態を利用することで、例えていうならば、右に行った場合と左に行った場合を重ね合わせて両方の可能性を探ることができます。

従来研究されてきた量子コンピューターを「汎用(はんよう)型」とするなら、量子アニーリングを採用した量子アニーリングマシンは「特化型」で、その用途は非常に限定的です。しかし、実は世の中には「組合せ最適化問題」として処理できる問題は意外に多いのです。実社会での応用を期待して、産業界も注目しています。

研究を続ける価値とは

――今後は「量子アニーリングマシン」が普及し、さまざまな応用が進むのでしょうか?

大関: 正直なところ、まだまだ実験段階ですね。どのような問題を解かせると真価が発揮できるのか、試行錯誤している状況です。

量子アニーリングマシンの使い道は「組合せ最適化問題」に限定されますし、それを突き詰めたところで、既存のデジタルコンピューターをしのぐかどうかも確信はありません。デジタルコンピューターの歴史は長く、人々もなじみがありますから、どうやったらパズルのような組合せ最適化問題をすばやく解けるかということもわかっている。わざわざ量子アニーリングマシンなんて使う必要はないという考えもあります。

しかし、世間から注目されて、さまざまな企業が参入してきたことで、技術の発展速度は急速に進んでいます。量子アニーリング用のチップである量子ビットも、高性能なものが次々と開発されています。

また、量子アニーリングの計算は、うまい解き方を考えてプログラムするという必要がなく、基本的にはマシンに任せます。内部では自然の摂理に従って、量子ビットが重ね合わせの状態から最終的な組合せへと変化して答えを導くので、途中で手を入れる必要がありません。量子コンピューターで一番の課題となる計算途中のエラーが生じにくくなるのです。そのため、扱える量子ビットの規模が比較的大きく、現在の量子アニーリングマシンでは2048量子ビットまで搭載できています。

「組合せ最適化問題をとりあえず処理できる」「さまざまな可能性を残しながら処理できる」といった量子アニーリングならではの特長は、既存のデジタルコンピューターにはない新しい可能性として研究していくべきだと思っています。

発展途上の分野だからこそ、日本の独自性を発揮できる


――産業界における量子コンピューターの受け止められ方は、国内外でどうちがうのでしょうか。

大関: 世界的には、「量子コンピューターを作ろう。作ったらこう使ってみよう」という段階にあります。日本は、その後を追う段階で、投資額の規模でも大きく水をあけられています。そのため、日本がこの分野でそのまま立ち向かって世界に勝つことは難しいでしょう。だからといって悲観的ではなく、それぞれの研究者による新しい発見は非常に魅力があり、世界的にも注目されているものもあります。量子コンピューターに関してコメントするとしたら、「制約のある環境で工夫することが得意」という、日本らしい技量を発揮すれば可能性はあると思います。

現在の量子コンピューターは、まだ大して量子ビット数も大きくありません。例えるなら初期のファミコンソフトのようなものです。初期のファミコンソフトの容量は、100KBもありませんでした。それでも工夫して、日本発の面白いゲームが大量に生まれました。「たいした量子ビットもなくて、しかも既存のコンピューターがあるのに量子コンピューターなど何に使えるのか」と、否定的な人は大勢います。でも、そんな中でも世の中を感動させるようなものを作ってきたのが日本の特長ですし、ここが日本にとっての勝ち筋だと個人的には思っています。

この「限られた中でも最大限活用しましょう」という状況は、この先5年~10年くらいは続くと思います。その間に日本が独自性を発揮できれば、世界をリードできるかもしれません。

ビジネスとしてはまだまだ黎明(れいめい)期です。何に使えるかをさまざまな産業で探らなければなりません。しかし、量子コンピューターの歴史を鑑みれば、むしろ、「何をするか考えられる段階にまで来ることができた」とも言えるでしょう。少しずつですが前に進んでいますし、実際の応用事例も出てきています。

――それでは、量子アニーリングを採用した量子アニーリングマシンの応用や活用の可能性について、引き続き話を伺いたいと思います。【後編】に続きます。

前編を読む | 後編を読む

注釈:
(*1)その数と 1 でしか割りきることができない 2 以上の整数(素数)を使ったかけ算式に分解すること。桁が大きいほど素因数分解は困難になるため、公開鍵暗号などに用いられる。
(*2)量子力学に基づく情報量の単位

プロフィール

東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻 量子アニーリング研究開発センター・センター長 准教授
東京工業大学科学技術創成研究院 量子コンピューティングユニット・准教授
大関 真之氏


主な著書に、「機械学習入門 ボルツマン機械学習から深層学習まで」「ベイズ推定入門 モデル選択からベイズ的最適化まで」「量子コンピュータが人工知能を加速する」「先生、それって量子の仕業ですか?」がある。ITエンジニアに読んでほしい!技術書・ビジネス書大賞2018技術書部門大賞受賞、特別賞受賞、平成28年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞、第6回日本物理学会若手奨励賞受賞。

  • はてなブックマーク
  • follow us in feedly

Insight for Dの
ページにいいねしよう!

「いいね!」してInsight for Dの最新情報をチェック

Yahoo! JAPANのデータソリューションについて

Yahoo! JAPANのデータソリューションについて

Insight for Dの公式Facebookページ、Twitterでも最新情報や取材の様子を発信中。