ビジネス創出

なぜ、写真処理機器メーカーがレタスを育てたのか? NKアグリの挑戦

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社会におけるICT技術の発達やデジタル技術、データ活用が進む中で、農業の分野も少しずつ変化を見せている。

ノーリツ鋼機が2009年に立ち上げたNKアグリ株式会社は、データを活用した農業によって、業界に新たなイノベーションを生み出している。その動きは単純な生産性の向上にとどまらない、日本の農業のビジネスモデルそのものを変革する可能性を秘めている。NKアグリの代表取締役社長 三原洋一氏に話を聞いた。

業界の衰退が決意させた「第二の創業」

ノーリツ鋼機株式会社(以下、ノーリツ鋼機)は、写真処理機器やプリント機材を開発してきたメーカーとして、大きな市場シェアを獲得してきた。そんな同社が2009年に立ち上げた社内ベンチャー NKアグリ株式会社(以下、NKアグリ)が、農業界に変革をもたらしつつある。工業製品を中心に扱っていた企業が、なぜ農業分野に参入したのか。

「ノーリツ鋼機が主軸としていたマーケットは、2000年代に売り上げ最盛期を迎えて以降、デジタルデバイスの普及に伴って縮小し続けています。ノーリツ鋼機としても、新たなビジネスの柱を持たなければ衰退の一途をたどるだけでした。そこで2009年を『第二の創業年』と位置づけて、食や医療、環境といった、社会に不可欠なマーケットへの進出を目指すことにしたのです。その一つとして誕生したのが、新しい形の農業に取り組むNKアグリです」(三原氏)


NKアグリ株式会社 代表取締役社長 三原洋一氏

メーカーが新しいビジネスに取り組もうとする時、既存事業とのシナジーを模索するケースが一般的だ。しかし、ノーリツ鋼機は従来のビジネスの枠に縛られていては「第二の創業」とはいえないと考えて、新規事業に取り組むという英断を下した。現在ではNKアグリの農業をはじめ、ヘルスケアや創薬、シニア・ライフなど幅広い分野に進出している。

未経験だからできた挑戦

「NKアグリのミッションは『人々が健やかな暮らしを育むための食を提供すること』です。日本国内の食料自給率の低下、社会の健康に対するニーズを背景に、単純な野菜作りではなく、安心・安全で『食べたら良いことがある』ものを作りたいと考えました」(三原氏)

そう語る三原氏だが、NKアグリの設立当初、社内に農業に詳しい人材は皆無という文字通りゼロからのスタートだった。それにもかかわらず、同社は和歌山県内にある約3000坪もの広大な更地にハウス型の野菜工場を新設した。これほどの規模の工場における野菜作りは国内でもほとんど例がないという。

「初めての農業にして、いきなり国内最大規模の野菜工場を建てることが正しいかどうかは賛否が分かれるところだと思います。しかし、ノーリツ鋼機は新しい事業の柱作りを目指していたので、小さな規模で取り組んでも意味がないという思いがあったのです。経験者がいなかったからこそ、大胆な設備投資ができたといえるでしょう。ただ、最初はやはり苦労しましたね」(三原氏)


NKアグリの野菜工場

当初は農業経験者をアドバイザーとして迎えていたそうだが、そもそも3000坪の野菜工場を扱ったことがある人材自体がほとんど存在しない。経験者の知見が、この工場では生きなかったのだ。そこで、従業員たちが、一つひとつ実験を重ねながら地道に生産体制を作り上げていったという。

「最初はさまざまな野菜を試験的に育てることから始めました。ネギのような成長しやすい野菜から、バナナの木といった変わったものまで、とにかくいろいろ試しましたね。卸値が高い野菜も育ててみようと考えましたが、生育のコストも高いことが分かって断念しました」(三原氏)

自分たちで多種多様の野菜を育てていくなかで、見えてきたことがあった。それは、流通・小売りの仕組み上、どのような野菜であっても市場に出る際は、常に生産コストがギリギリで成り立つ価格が付けられるということだ。このことから、市場での需要と栽培のしやすさ、そして当時の工場野菜としてある程度の知見が蓄えられていたレタスを栽培することが決まった。

ハウス内の日射・湿度・温度などとレタスの生育状況を照らし合わせながら育成データを蓄積し、最適な環境作りの試行錯誤が進められた。その結果、事業の立ち上げから3年ほどで、市場への安定した供給体制が整えられ、キャッシュフローが回るようになる。当初は工場がある和歌山のスーパーを中心に販売していたものが、現在では近畿、中部、関東地方でも同社のレタスを目にすることができるようになった。

本格的にレタス作りに取り組んで見えてきたこと

一般的にレタスのような工場野菜の生産は「環境制御型農業」と呼ばれ、屋内で環境を制御することで生育をコントロールしている。当初はNKアグリでも、野菜の品質と安全を確保するため、野菜の生育を制御することに注力していた。しかし、生育データを蓄積していくなかで、三原氏は「制御しすぎないほうが、良い野菜作りができるのではないか」という思いを抱くようになる。

「植物は、そのすべてを制御しようとしても、完全には制御できません。ちょっとした環境の変化で生育状況が変わるし、予想もしないことで野菜に悪影響が出る場合もあります。また、レタスは夏と冬では需要量に大きな違いがあります。つまり、生産量を無理してコントロールする必要もないわけです。年中同じ環境とピッチで野菜を作ろうとする工場栽培のあり方に、価値を見出だせなくなったのです」(三原氏)

レタスの写真

レタスの栽培をはじめて3年目、NKアグリでは、野菜の生育環境は8割程度で制御し、残り2割は自然の育ち方に任せるようになった。一方で、出荷体制の見直しに取り組み始めた。生育の制御によって安定的な通年出荷を図るのではなく、生育状況の変化を予測して、需要と供給のバランスを保つ手法を試みたのだ。

蓄積してきた生育環境のデータから、野菜の生育に影響を及ぼす要素のパターンは分析できていた。たとえば、「夜の気温が25度を超えると、花をつけるために茎が伸びだしてしまい、出荷可能な収穫量が○%低下する」「日射量が○キロワットを超えると生育が早まって、収穫のタイミングが早くなる」といったものだ。これによって、2週間後の収穫量を予測できるようになる。

そうすると、どこの店にどれだけの量を卸すかという計画を前もって立てられる。つまり、急な供給過多によって売りさばくことができずに買いたたかれる、ということがなくなるのだ。

「ご存じだと思いますが、野菜の価格は1日違えば大きく変動します。これは出荷量が安定しないからというよりも、『出荷量の見通しがつかない』ことが影響しています。スーパーのバイヤーさんは『明日、レタスが仕入れられなくなってしまった』という1日単位の世界で働いています。そこで『2週間後のレタスは、このくらいの量が提供できる見通しです』と伝えられると、お店は前もって販売計画を立てられますし、販売量の調整ができるのです」(三原氏)

日本の農業従事者数が減少している背景には、農作物の需給バランスと価格競争によって、生産者側の利益率が低下しているという状況がある。しかし、それは必ずしも流通や小売り側の都合によるものだけではないという。

「多くの農家が、野菜を作った段階で仕事を終えています。そうした農家と流通・小売りとのコミュニケーション不足が今の状況を作り出してしまったともいえます。そのため、NKアグリは、ただ野菜を作るのではなく、作った後の流通プロセスにも関われる体制を目指したのです」(三原氏)

これまでの農業界は、生産者、流通、小売りが分業になっているため、生産者側で価格設定など売り方をコントロールできなかった。同時にスーパー等の販売側は、生産者が出荷する作物の量や品質を把握できなかった。

NKアグリのように出荷量をあらかじめ伝え、販売価格に反映できる生産体制は、価格の安定化と同時に需給の安定にもつながる構造改革といえる。

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プロフィール

NKアグリ株式会社 代表取締役社長 三原 洋一氏

前職はLED照明開発のベンチャー企業で、企画業務。2009年にノーリツ鋼機グループの新規事業開発を担当する会社に転職し、まったくの農業未経験ながらNKアグリの創立から担当。2012年より代表。

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