マーケティング戦略

視聴者の感情はどう動いたのか――動画クリエイティブの品質を測る新たな手段

記事内容の要約

  • 動画広告は、その目的によって「再生数」や「視聴完遂率」などで成果を測定できるが、その内容である動画クリエイティブの「質」を測る手段は、まだ確立されていない
  • 東急エージェンシーは、「視聴者の表情の変化」を解析することにより動画クリエイティブの質を評価するサービス「Emotion Capture(エモーション・キャプチャー)」を開始した
  • Emotion Captureは手軽に導入できるウェブ調査なので、「動画クリエイティブの質」の定量評価への取り組みを促進しつつある
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スマートフォンの普及にともない、動画広告の市場規模が日増しに拡大している。2017年の動画広告の市場規模は1,374億円で、前年比163%と大幅に成長した。2023年には、3,485億円に上ると言われている(*1)。

市場が拡大する一方で、動画広告にはある課題が存在する。それは、動画クリエイティブの「品質」が評価しづらいという点だ。そのようななか、大手広告会社の東急エージェンシーが「動画視聴者の表情」を解析し、感情を読み取る「Emotion Capture(エモーション・キャプチャー)」というウェブ調査サービスの提供を開始した。「人の表情から感情を読み取る」とはどのようなことか。また、このサービスによってどのようなことが実現できるのか。サービス開発をリードした同社の御園生浩司氏、村上健太氏に話を聞いた。

スマホの普及で拡大する動画マーケティング

スマートフォンの普及によって、時間・場所を問わず動画の視聴が可能になったことを受け、動画を活用したマーケティングの重要性が高まっている。数多くの企業の動画広告を制作している株式会社 東急エージェンシー(以下、東急エージェンシー)のマーケティング イノベーション センター副本部長の御園生浩司氏はこう語る。

「これまでウェブ広告はバナーとテキストが中心でしたが、いまは動画広告が注目されています。ユーザーの利用するデバイスがPCからスマホへと変わってきたことで、動画が身近なものになったことが、影響していると言えますね。また、企業にとって動画広告は、テレビCMのクリエイティブと連動できるメリットがありますから、今後さらに活用は広まると思います」(御園生氏)


株式会社 東急エージェンシー マーケティング イノベーション センター 副本部長 (兼) ストラテジックプランニング局長 御園生浩司氏

動画広告における成果の捉え方には、いくつかの種類がある。たとえば、医療保険などの加入促進を目的とした動画広告を展開する場合には、「資料請求・問い合わせ数」をコンバージョンとして成果を測ることができる。また、ブランドの認知向上を目的に展開するのであれば、「再生回数」や「視聴完遂率」が成果指標となりえるだろう。ほかのデジタル広告と同様に、動画広告でも成果をトラッキングすることは可能だ。

ただし、課題もある。それは、「具体的にどの部分がよかったのか」というクリエイティブの品質までは明らかにしづらいということだ。動画は、バナー広告やテキスト広告に比べ、制作のコストや時間がかかるため、成果が出なければすぐに作り直すというわけにいかない。したがって、「どのシーンが視聴者の心を動かし、態度変容を促したのか」という知見を得ることは、次の動画制作にとって重要だ。しかし、タグ管理によるトラッキングでは、動画広告の成果を「結果」だけでしか捉えることができず、クリエイティブの細部にわたってまでは評価できないのだ。

同社のデータマネジメント局でアナリストを務める村上健太氏は、次のように話す。

「動画クリエイティブの品質を捉える手法として、モニター調査があります。代表的な調査方法として、モニターを会場に集めて動画を視聴してもらい、『この動画が好きか嫌いか』『動画に出てきたタレントを知っているか』などの設問に回答してもらうといった形式ですね。テレビCMの品質を評価する手法として、以前から実施されてきました。しかし、モニターが建前で回答している可能性もあり、本心を聞けているかどうかわからないという問題があるのです」(村上氏)


株式会社 東急エージェンシー データマネジメント局 ナレッジマネジメント部 QPRユニット アナリスト 村上健太氏

もちろん、人の感情が介在しない測定方法はある。たとえば、本人の意思ではコントロールできない脳波などの生体反応をデータ解析する方法や、目の動きを感知するアイトラッキング技術を用いる方法だ。しかし、いずれも、生体反応を測定する機器を使う調査となるため、大掛かりな準備が必要になってしまい、なかなか簡単に実施できるものではないという。

オーディエンスの感情を測る技術

もっと有効な動画クリエイティブの評価方法はないかと模索するなかで、御園生氏は感情認識AIを活用した技術「Affdex(アフデックス)」に出合った。これは、デジタル端末のカメラで動画の視聴者を撮影し、その表情をAIで分析することで、視聴者がどのような感情で動画を見ているのかを把握できるという、米国Affectiva社の開発した技術だ。

「Affdexは、『眉を下げた』『目を閉じた』『目を細めた』などの情報をもとに人間の表情を21種類に分類し、AIによって、その表情を、悲しみや喜びなど7つの感情に分析します。さらに、肯定的・否定的な表情の度合を示す『Valence』、どれだけ表情が豊かになったかを示す『Engagement』というAffectiva社独自の2つの指標を掛け合わせて、動画の品質を100点満点で評価することができます」(御園生氏)


Affdexによって分類される21の表情と7つの感情

Affdexには2つの特徴がある。

1つは、1970年代に米国で開発されたFACS(Facial Action Coding System)理論という、顔の筋肉の動きを計測して数値化するためのアルゴリズムを採用している点だ。そしてもう1つが、世界87カ国以上から収集された感情の特徴に関する約70億件ものデータと、顔の表情に関する670万件以上のデータが活用されている点だ。

理論が確立されたアルゴリズムと、豊富なデータを活用することで、Affdexは高い精度で人間の感情を解析できるのだ。

「日本ではあまり感情認識AIという言葉を耳にすることはありませんが、海外ではさまざまな分野で徐々に活用が始まっています。欧米人などに比べて表情の変化が少ないといわれる日本人ですが、長年のデータの蓄積とFACS理論によって、十分に解析可能であることもわかりました。われわれもAffdexを活用することで、動画視聴者の感情を精緻に捉える調査が実現できると感じました。そうして開発したのが、『Emotion Capture(エモーション・キャプチャー)』です」(御園生氏)

動画視聴者の感情を捉える「Emotion Capture」

Emotion Captureは、2018年6月に東急エージェンシーが提供を開始した動画評価ウェブ調査サービスで、その内容はいたってシンプルだ。従来のウェブ調査の質問項目のなかに、動画を視聴してもらう項目が加わり、視聴時の表情をデバイスのインカメラで撮影することで感情を捉えようというものだ。従来の脳波を測定するような調査とは違い、機器の準備や会場設営を行う必要がなく、調査対象者の持つデバイス一台で調査を完結できるという特徴がある。

「従来型のウェブ調査と組み合わせている点がミソですね。設問に回答してもらうことで、『なぜ、そのシーンで視聴者の感情が動いたか』の理由付けができます。調査対象者に対して属性別、回答別にフィルターをかけることができるので、動画の視聴者全体と任意の層との感情変化の違いを捉えることもできます」(御園生氏)


Emotion Captureの画面

10分以内の動画であれば解析可能なので、テレビCMや動画広告だけでなく、通販などの短いテレビ番組の質も測ることができる。また、複数の動画を相対評価によってランク付けできるため、モニターに仮編集の段階の動画を見せて、その反応をもとに本編集を行ったり、複数の動画コンテンツのなかからもっとも反応のよいものを選んで本番公開したりするといった使い方も可能だ。

AIを動画の分析に取り入れる際の課題

ただ、Emotion Captureの活用には注意すべき点もあると御園生氏は語る。

「動画クリエイターとの関係をどう捉えるかという問題です。『AIの分析結果によれば、この動画では視聴者の心を揺さぶれない。作りかえてほしい』と申し出ても、制作側に納得してもらうことはなかなか難しいのではないでしょうか。相手が、いわゆる巨匠と呼ばれるクリエイターだとしたらなおさらです。クリエイティブの世界にAIの視点を入れることは簡単ではないですね」(御園生氏)

また村上氏は、Emotion Captureには技術的な課題も残っていると話す。

「正確に視聴者の反応を解析するためには、視聴者の顔が常に正面を向いている必要があります。動画視聴中に少しでも横を向かれてしまうと、そのサンプルは使えません。結果的に、収集したデータの3分の1程度は使えないこともあります。また、正しく効果測定を行うためには、統計学的には50以上のサンプルが必要です。しかし、顔の表情をデータとして取られることに抵抗のある人が多いのも事実です。視聴モニター向けにインセンティブを設けるなどして、従来の調査以上にサンプルを収集する努力が必要だと感じています」(村上氏)

とはいえ、東急エージェンシーとしては「Emotion Capture」に大きな期待を寄せている。現段階では、通常のウェブ調査と組み合わせた動画調査サービスとしてEmotion Captureを提供しているが、将来的には同社のマーケティングの知見を組み合わせた統合的な提案なども行っていくつもりだという。

「テクノロジーの発達によって、デジタルの世界ではあらゆる成果が『可視化』されるようになりました。しかし、いまだに効果が思うように測れていない領域もあります。それが『コンテンツの質』です。Emotion Captureの展開はまだ始まったばかりですが、知見をためていくことで、ユーザーの心に刺さるコンテンツとは何かを、動画の領域で解き明かしたいと思っています」(御園生氏)

ニューロマーケティングというキーワードを耳にする機会が増えつつあるが、コストなどを考慮すると導入できない企業も多く存在するのが実情だ。そのようななか東急エージェンシーの提供するEmotion Captureは、その手軽さの面から取り組みやすいものであることは間違いない。動画を中心としたコンテンツの質が高まっていくことは、ユーザーにとっても望むべきことだ。同社のチャレンジは、企業とユーザー双方にとって、よりよいコミュニケーションを実現する可能性を秘めている。

注釈:
(*1)動画市場におけるYahoo! JAPANの取り組み(外部サイト)

プロフィール

株式会社 東急エージェンシー マーケティング イノベーション センター 副本部長 (兼) ストラテジックプランニング局長 御園生 浩司氏

大学卒業後、1986年に株式会社東急エージェンシーに入社。営業として広告・販促支援の基礎経験を積み、マーケティング部門に転属後は多様な業種のコミュニケーション戦略構築およびブランドマネジメントに従事し、2017年7月より現職。

株式会社 東急エージェンシー データマネジメント局 ナレッジマネジメント部 QPRユニット アナリスト 村上 健太氏

大学卒業後、1997年に株式会社東急エージェンシーに入社。営業としてビジネスの経験を積んだ後にマーケティング部門に異動。消費者行動データやブランド評価データをベースにしたコミュニケーション・ブランドマネジメント提案を行っている。

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