マーケティング戦略

それは本当に顧客視点に立った戦略なのか?――デジタルマーケターの死角とは

記事内容の要約

  • マーケティング施策を進めるにあたって、効率化を図ることを重視するあまり、オフライン上に存在する顧客に意識が向いていないマーケターは多い
  • 従来のマーケティング活動で重視されてきた「勘・経験・度胸」はいまだに大事ではあるが、再現性をもって継続的に施策を実施するためには「仮説・検証・データ分析」の重要さを認識しなければならない
  • 「人はデジタルとアナログを行き来しながら生活している」という事実を理解したうえで、顧客が求めるタイミングでシームレスな体験を届けることがマーケティングの理想像のひとつ
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デジタル一辺倒になりがちなデジタルマーケターが持つべき視点とはどのようなものか。そして、デジタルマーケターが陥りがちな思考の罠から抜け出すためには、何にフォーカスすべきなのか――。

デジタルとアナログの両手法を生かしたマーケティング活動に取り組む富士フイルム株式会社 e戦略推進室 マネージャー 一色昭典氏に、デジタル時代を生きるマーケターへの提言をいただいた。

効率化されたマーケティングの落とし穴

――世の中がデジタルマーケティング全盛のなか、富士フイルムでは紙のDMを活用するなど、アナログなマーケティングにも積極的に取り組まれているそうですね。マーケターは、もっとマーケティングにアナログな手法を取り入れるべきだと考えますか?

一色昭典氏(以下、一色): そうですね。ただ誤解のないようにしておきたいのですが、マーケティングでデジタルが主流になりつつあることは当然のことだと思っています。多くの企業で「デジタルマーケティング部」といった組織ができて、「デジタルマーケター」と呼ばれる職種の人が登場しました。それは、生活者がスマホを中心としたデジタルな生活スタイルが定着した時代だからだし、デジタル化によって昔とは比較にならないくらい精緻で大量のデータが短時間で収集でき、効果的なマーケティングができるようになった結果です。そこを軽視していては他企業との競争に勝つことは難しいでしょう。


富士フイルム株式会社 e戦略推進室 マネージャー 一色昭典氏

問題だと感じるのは、デジタルマーケティングに関わる人々がデジタル一辺倒になり「デジタル」のなかで閉じてしまっているのではないかという点です。

――デジタル施策に傾倒することで起こる問題とは、具体的にどのようなことでしょうか

一色氏: 顧客全体を捉えられない危惧がありますね。たとえば、弊社の公式ネットショップには二百数十万人もの会員さまがいるのですが、メルマガ等のデジタル施策でアプローチできるのは、そのうちの8%程度。残りの92%は、フィジカルな手法を使わなければアプローチできないのです。それなのに、8%の顧客だけに目を向けて「CTRはどうだ、CPAはどうなった」などと3文字の英単語を追いかけ、いかに効率よくモノを買ってもらうかということばかり考えるのは、「デジタルのなかに閉じている」といわざるをえないでしょう。

「効率」というのは、あくまで企業側の視点であって、顧客には何の関係もない。つまり、顧客視点の欠けた企業側の論理でしかありません。さらに、残りの92%というはるかに大きなボリュームの顧客を失うことにもつながりかねず、これでは「8%の顧客を相手に数字遊びをしているだけ」と言われても仕方がないかなと思います。しかし、デジタルに傾倒するマーケターほど、こうした罠にはまってしまいがちなのです。

――その罠にはまらないためには、どのような視点が必要なのでしょうか

一色氏: マーケティングにおける顧客との接点を考えれば分かりますが、その全部がデジタルというわけではありません。顧客は、スマホやタブレット、PCなどのデジタルデバイスだけでなく、街中の交通広告や、新聞・雑誌、自宅や会社に届いた郵便物のようなアナログな媒体にも接しています。いわば、デジタルとアナログを行き来しているわけです。そう考えると、われわれのメッセージや情報は、デジタル・アナログの両方をシームレスにつなぐオムニメディアで展開するべきでしょう。

――そのひとつの例がDMというわけですね

一色氏: そうです。当然ですがアナログな手法だけではダメで、デジタルマーケティングも取り入れることは不可欠です。

そして、施策が目標を達成できたのかどうか、また達成できなかったのであれば、どこに原因があったのかなどを客観的に知るためにもデータドリブンな思考が欠かせません。

「結構コストもかかったけど、そこそこ売り上げもあがったし、よしとしよう」という感覚で施策の是非を判断する組織は意外に多く存在します。そのような組織は、まず「データ」を全員の共通言語にすることから始めるべきです。データを機軸にして、企業の理念を実現していくためにとるべき戦略・戦術を決めて、PDCAを回していくことが大切です。


あとは、企業の論理を押し付けるのではなく、あくまでも顧客視点に立つことも忘れてはなりません。要は、マーケター自身が「自分がされたらイヤだな」と思うことはしないことです。そこはデジタルもアナログも関係ありません。

――顧客視点とは、自分がされたらイヤだなと思うことはしないこと。当然すぎて、忘れられがちなのかもしれません

一色氏: 余談になりますが、私は、当たり前のように使われる「カスタマージャーニー」という言葉はあまり好きではありません。カスタマージャーニーマップは、顧客に対して「さあ、この上を進むとうまく行きますよ! この線を進んでください!」って言っているみたいで押し付けがましい。顧客にしたら、余計なお世話でしょう(笑)。

あと「態度変容を促す」というのも違和感がありますよね。顧客が「さあ、今日は態度変えるぞ!」なんて思うわけもなく、自分が客の立場になったとき、企業に促されているなんて考えたら気持ち悪いじゃないですか(笑)。個人的な感想ではあるものの、そのような考え方は企業側の論理が先行しているという印象はありますね。

――耳が痛いと感じる人も多そうです。顧客視点に立つためには何を意識すればよいのでしょうか

一色氏: 顧客視点を持ちづらかったり、なかなかデータドリブンな方向に進まなかったりする企業にありがちなのが、「いいものをつくったんだから売れるはずだ」という思い込みです。

その思い込みを改めるためにも、組織を取り巻く状況を客観的に理解できるようにする。お客さまの声や、ウェブサイトの離脱率・コンバージョン率、さらにソーシャル・リスニングした結果などを可視化・データ化して関係者全員で共有することです。そして問題点があるのであれば、解決策も合わせて提示し、データの有用性と重要性についての理解を広めていく。企業や組織を変えるのは、まずはそこからだと思います。

――組織を変えるために苦労しているデジタルマーケターは少なくないと思います

一色氏: 昔ながらの事業会社でよく使われるのですが、「KKD」という単語があります。これは、「勘・経験・度胸」の頭文字を取っているだけなんですが、レガシーな体質の組織では、どうしてもこの「KKD」が重視されがちです。

もちろん、成功のためには勘も経験も度胸も必要なのですが、この「KKD」は個々人の感覚や感情による部分が大きく、属人性が強いものです。いわば右脳的で、論理的な説明もしづらいので、再現性があるともいえません。A部長のKKDに頼りきりなのだとしたら、A部長がいなくなったらどうするのか、と。


そこで私が提唱しているのが、新しい「KKD」です。これは「仮説・検証・データ分析」の頭文字を取ったものです。A部長が成果を出した施策は、どのような仮説によって進められたのか、その結果はどうだったのかを検証し、その施策に関するデータを収集・分析するということです。

その上で、「事業を持続可能なものにするためにも、A部長の右脳的なKKDを誰もが論理立てて説明できる、いわば左脳的で再現性のある新しいKKDにしていくことが必要で、それがデジタルマーケティングなのだ」と考えてはどうでしょうか。

――マーケターでなくとも理解しやすい考え方だと思います

一色氏: 新しいKKDは、デジタルマーケターとしての経験を深め、知見を高めることにもなるはずですが、そのときに注意するのが、古いKKDを否定しないこと。アナログとデジタルというと、どうしてもデジタルがアナログを否定するように思われがちですが、そうではないことを理解してほしいと思います。

――最後になりますが、理想のマーケティングとはどのようなものでしょうか

一色氏: 2つあります。まず1つ目は、「一筆書きのマーケティング」です。顧客の一日の動きに寄り添う形で、われわれのやりたい施策を、途切れることなく、1本の線でつながっているようにマーケティングが実践できればいいですね。

これは当然、デジタルだけでも、アナログだけでも実現できません。通勤途中の会社員にアプローチしたいのだとすれば、その人物の動きを想像してみてください。駅中のデジタルサイネージを目にする一方で、電車内の交通広告にも触れています。また、ビーコンを使ったサービスによって駅の売店に立ち寄ったかと思えば、そこで買った雑誌の中の広告も目にします。デジタルとアナログと常に行き来しているので、そこで途切れることのないマーケティングを実践できれば、すてきな顧客体験を提供できると思います。

2つ目は、顧客が求めるタイミングで見たいものを見ることができる、あるいは自分がほしいものに気づかせてくれるような、すてきな偶然を提供する「セレンディピティマーケティング」です。

たとえば、ウェアラブルな体組成計が身体の水分不足を検知して「喉が渇いている」というシグナルを別のデバイスに送り、そのデバイスから顧客の嗜好を捉えて好みのドリンクを選び、さらに位置情報や店舗情報によってその商品を購入できる店舗を検出し、「あなたの好きなカフェラテが、今なら近くのお店で100円引き」といった情報を提供してくれる。いわば究極の1to1マーケティングです。

この2つをかけあわせることがマーケティングの理想像です。1つ目にも2つ目にも共通するのはデジタルであれアナログであれ、顧客に「気持ちいい」と感じてもらえるマーケティングが理想、だということですね。


富士フイルムが実際に取り組んだDM活用施策の成果については、2019年4月3日公開予定の「DMで集客効果が60倍に? 富士フイルムに学ぶ顧客アプローチ法」で詳しく紹介する。

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プロフィール

富士フイルム株式会社 e戦略推進室 マネージャー 一色 昭典氏

富士写真フイルム株式会社入社後、写真事業部門でマーケティングとコンサルタント業務に従事後、ライフサイエンス事業部にて「アスタリフト」等のEC事業を再構築。2013年よりe戦略推進室マーケティンググループを統括し、全社ウェブ活用における戦略構築と企画運営等、デジタルマーケティング推進業務を統括。また、イメージング製品のECサイト構築・運営や海外(欧州・中国)EC事業を業務支援し、FFのグローバルなデジタルマーケティング推進に注力中。

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