組織づくり・人材育成

なぜIT活用に法学の視点が必要なのか——中央大学 国際情報学部が目指す人材育成

記事内容の要約

  • 中央大学は、2019年4月に「ITと法学の融合」を掲げた新学部「国際情報学部」(iTL)を創設した
  • 新学部の創設は、「情報化社会の未来に貢献する人材は、テクノロジーだけでなく、情報に関する倫理・社会規範も身につけるべき」という考えに基づいている
  • 国際情報学部のカリキュラムには、ITや法学の基礎だけでなく、卒業後をにらみ、民間企業と連携した実学も取り入れられている
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昨今話題になった、海賊版サイトに端を発する著作権法改正に関する議論(*1)のように、情報テクノロジーの進化とともに、あまたの法的問題が顕在化している。こうした社会情勢を背景に、“情報の仕組みと情報の法学の融合”をコンセプトとして、2019年4月に開講されたのが「中央大学 国際情報学部 」だ。「ITの世界にはまだ、ルールが足りない」——。そんなメッセージを発する同学部では、どのような学問体系が構築され、またどのような人材を輩出しようと考えているのか、国際情報学部長の平野晋氏に話を聞いた。

ITの世界にはまだ、ルールが足りない

2019年4月、中央大学は市ヶ谷田町キャンパスに「国際情報学部」を開校した。同学部の通称名「iTL」は“Information Technology & Law”の略称だ。その名の通り「情報の仕組み×情報の法学」が融合した学び舎であり、学校案内や学部紹介サイト(*2)では次のようなメッセージが発信されている。

「ITの世界にはまだ、ルールが足りない。AI、IoTの革新する社会。法律が追いつかない新領域に立ち向かう学びや術はないのだろうか?」

同学部長を務める平野晋氏は、そのメッセージの意図について、法の歴史を踏まえながら次のように解説する。

「たとえば、プライバシー権の起源は、100年以上前のアメリカにあります。その当時、発行部数を伸ばそうとする新聞などによって、他人のプライバシーを暴き立てるような扇情的な報道が横行しましたが、それに対して唱えられたのが、プライバシー権の確立です。このように法は、社会の変化によって生じる問題や不都合に対して、都度対応してきました。しかしITによってもたらされる変革は、規模感・スピードともに従来の比ではありません。そのような状況にあって、法の分野も従来のあり方でいいのだろうかと考えたのです」(平野氏)


中央大学 国際情報学部長 平野 晋氏

インターネット黎明期には、ネットを介したわいせつ物頒布や名誉毀損の書き込みが社会問題化し、そのたびに法改正がなされてきた。また現在の国際社会に目を向ければ、厳格な個人情報保護を打ち出したGDPR(一般データ保護規則)が、巨大なデジタルプラットフォーマーの活動に影響を与え始めている。

さらに今後、AIとの共存を考えたら労働法はどうあるべきか、完全自動運転車が走行中に事故を起こしたときは誰の責任になるのかなど、さまざまな懸念事項が発生することは容易に推測できる。そうであれば、あわてて事後対応に追われることのないよう、リスクや法的課題を今のうちから予測・把握し、整備を進めておくべきだ。そしてそこでは、ITと法律の両方の分野に通じた人材が必要になる――。そこに「国際情報学部」開設の狙いがあるのだ。

iTLに込められた理念

ところでなぜ、中央大学にそのような学部が設置されたのか。その理由について平野氏は次のように話す。

「中央大学では、教育研究体制の中長期ビジョンとしてICT・メディア系の学部増設が提案されていました。情報はすでに国境を越え、よい影響も悪い影響も世の中に与えています。本学は、そこから生じる問題の解決策を提言・実現できる人材を教育すべきだと考えたのです」(平野氏)

中央大学には、情報に関する学科として、以前から理工学部 情報工学科・専攻と文学部 社会情報学専攻という、2つの学部・専攻があった。しかし平野氏が目指すものは、そのようないわゆる理工系や社会学系の学部ではなかった。

「中央大学は、“法科の中大”とも言われます。そうであれば、その強みを生かして、理系や社会学とは異なるアプローチから問題解決に取り組める方法はないかと考えました。そして、その結論が“情報の仕組みと情報の法学の融合”というわけです」(平野氏)


デジタル、ネットワークなどに関する日本の法令の例

その、「情報の仕組みを学ぶこと」と「情報に関する法学を学ぶこと」を融合させた概念が、国際情報学部の通称である「iTL」の元の名称である“Information Technology & Law”だが、実はそこにはもうひとつ別の意味が込められている。それは“Ichigaya Tamachi Link”だ。

「iTLの理念を象徴する要素が、市ヶ谷田町キャンパスの立地そのものです。この近辺には、企業や国家機関が密集しています。その地の利を生かして、キャンパスの枠組みを越え、産・官・学さまざまな領域の人・社会・情報がリンクする、そんな拠点へと育てていきたいと考えています」(平野氏)

同学部の学修ステップは「情報基盤、情報法学の基礎理論を修得し、グローバルな素養を身につける」1・2年次と、「情報の社会実装を学び、実践力を身につける」3・4年次に大別される。2年次後期からは専門的なゼミがスタートするが(1年次前期では基礎ゼミも必修)、プログラムのなかには実学を学ぶために民間企業と連携した「特殊講座」も組み込まれており、2021年度には、ゲームメーカーであるスクウェア・エニックスによる講座も始まるという。

「1・2年次に基礎力をしっかりと身につけ、3・4年次に応用・発展・実践的選択科目から実学を学んでもらいます。基礎を固めるための必修科目数は“50単位”を数え、その多さは本学の文系学部では一番です。冗談半分ですが、私はたびたび『1・2年次はブーツ・キャンプである』とお伝えしています(笑)」(平野氏)

仕組み・法学だけでカバーしきれない社会実装の道のり

「国際情報学部の学問体系はすべて“3本の矢”に集約されます」(平野氏)

1本目・2本目の矢はここまでに述べてきた「情報の仕組み(情報基盤)」と「情報の法学(情報法)」だが、“3本目の矢”とは何か。

「情報基盤と情報法学をわかりやすく言い換えれば、情報に関するテクノロジーを使って『できること』と『(法的に)やってよいこと』を研究する学問です。しかし情報化社会の未来を見据えれば、それだけでは十分ではない、と私は考えます。たとえば『フェイクニュース』などは、法的にやってよいかどうか云々以前に、倫理的・社会規範的に考えて『やってはいけない』ことです。

最近アメリカなどでは、ビッグデータを解析して、都市や町の中での犯罪多発地域を細かく特定し、そこに集中して警官を配置するという動きが出ています。このような施策は、確かに治安対策には奏功するでしょう。さらには、AIによって犯罪者の再犯の可能性を測る試みも議論されています。しかし、倫理や社会規範を無視してAIの判断をうのみにすれば、人種差別やレッテル張りを助長しかねません。テクノロジーは使いようで、善にも悪にもなるのです」(平野氏)

では、われわれは新しいテクノロジーに対してどのように向き合えばいいのか。

「15世紀にグーテンベルグが発明した活版印刷技術は、当初は、わいせつな印刷物を大量に生産しました。しかしその後、活版印刷の技術は聖書の普及にとって大きな力となり、その後も、多くの知識の普及に多大な貢献をしてきました。もしも、わいせつ物の頒布につながるからといって印刷技術を違法にしていたら、世界史はまったく違ったものになっていたでしょう。このように、技術開発の拙速な制約が必ずしもよい結果をもたらすとは限らないのです。ですから今後の技術開発に求められるのは、情報の仕組みと情報の法学の両面に、倫理・社会規範を合わせて考えることです。そのために国際情報学部では『グローバル教養』を“3本目の矢”として、哲学・倫理学・歴史学・宗教学・国際文化などを学んでもらいます」(平野氏)

哲学、倫理学、歴史学といえば、典型的な文系の学問だ。技術の進歩だけに目を奪われていると見失いがちな文系の分野にこそ、実はよりよい社会を作っていくカギがあるのかもしれない。では、そのような社会を作っていく際に求められる人材像はどのようなものなのか。後編で見ていきたい。

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注釈:
(*1)ネット上のあらゆるコンテンツを著作物と見なし、スクリーンショットを含んだダウンロード行為を違法とする改正案だったが「ネット利用を萎縮させる」などの懸念が相次ぎ、国会提出は見送られた。
(*2)中央大学 国際情報学部 iTLとは(外部サイト)

プロフィール

中央大学 国際情報学部長 国際情報学部教授 米国弁護士(NY州) 博士(総合政策) 平野 晋氏

1984年中央大学法学部法律学科卒業、1990年コーネル大学(法科)大学院修了、1991年NY州弁護士登録、2000年(株)NTTドコモ法務室長、2004年中央大学教授、2007年博士(総合政策)。2018 年よりOECD(経済協力開発機構)「AI専門家会合」構成員。

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