組織づくり・人材育成

AI時代に必要な文理融合の教育とは

記事内容の要約

  • 国際情報学部が育成する、“情報の仕組み×情報の法学×グローバル教養”という素養を持つ人材は、今後、どのような企業・組織にとっても必要なものとなる
  • 初等教育の段階から理系科目が重視されるようになった一方、最先端の技術者が倫理・法学の重要性を訴え始めているように、これからは文理融合の素養が求められるようになる
  • 一般のビジネスパーソンは、文理融合の素養だけでなく、複雑になっていく情報化社会に対応するためにも「法的思考」を身につけるべきである
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情報の仕組み、情報の法学、そして倫理・社会規範を養うグローバル教養――。

2019年4月に開校した中央大学 国際情報学部では、これら“3本の矢”に基づいた教育で、これからの時代に活躍できる人材育成に取り組もうとしている。今後、同学部からはどのような人材が巣立っていくのか。また、社会の最前線で働く現代のビジネスパーソンに求められる「これからの情報化社会に必要な素養」とは何なのか。国際情報学部長の平野晋氏に話を聞く。

求められる“文理融合”の素養

2019年4月に創設された中央大学 国際情報学部。同学部長である平野晋氏によれば、定員150名を大幅に上回る志願者が殺到したという。それだけではなく、今後、卒業生の受け入れ先となるであろう企業の反応も上々だという。

同学部が、“情報の仕組み×情報の法学×グローバル教養”という素養を持った人材の育成を目指すことを考えれば、国際的なガイドラインの策定や政策提言といった法に直結する職業はもちろん、企業の広報やニュースメディア、シンクタンク、データアナリスト、データサイエンティストなど、職業選択の幅は広いだろう。社会的制度や法律の整備が進むにつれ、どのようなサービスや仕組みを提供するにせよ、どこかの場面で法的思考力が必要になるからだ。

さらに、同学部のような教育が求められる背景には、新世代の存在がある。すでにアメリカでは2000年代から、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の4学問に重点を置いた教育体系であるSTEM(ステム)教育がスタートしている。日本国内でも小学校でのプログラミング教育が必須になるなど新しい体系での教育が始まっている。そこに危機感を募らせているのは、ほかでもない現役大学生たちだと平野氏はいう。


海外のSTEM教育の事例

「私は、文系の学部である総合政策学部の教授を務めていたのですが、私のもとで学んでいた大学生たちは『自分たちより下の世代がSTEM教育のもとで育っていったら、自分たちは淘汰されるのでは?』という危機感を募らせていました。もはや、自分は文系だから理系のことは知らなくてもいい、理系のことは理系に任せておけばいいという時代ではないことを感じ取っているのでしょう」(平野氏)

また、今春行われた国際情報学部の入学式では、新入生代表があいさつする際、GAFAに関する内容を織り込んでいたという。

「デジタル・ネイティブである最近の若い人たちは、われわれ大人が思う以上に、非常に情報感度が鋭いんですよ。そこには理系も文系もありません。これからの社会で必要とされるものは何なのか、感覚的に理解しているのです」(平野氏)

ただ、文系の人間が理系の勉強をすれば時代の変化についていけるのかといえば、そういうわけではない。平野氏はこう話す。

「今後AIやロボットは、社会の隅々に普及して、私たちの生活に大きな影響を与えていくでしょう。そのため、人間同様の倫理観をAIやロボットにも学ばせなければ、取り返しのつかない事故を招くかもしれません。そこでAI・ロボットの研究者などが重視する概念が『ELSI(エルシー)』なのです」(平野氏)

ELSIとは“Ethical, Legal and Social Implications”の冒頭の文字を並べたもので、直訳すると『倫理的・法的・社会的な含意』だ。つまり、最先端の科学の領域において今後重要となるのが、社会に対する技術の影響部分であり、そこを扱うのが人文科学や社会科学といった文系の学問であるということだ。

「今後、ビジネスの世界でも文理融合の素養が、もっと求められていくでしょう。年齢を問わず、文系の人たちは理系の素養の基礎くらいは知らなければならず、理系の人たちも文系の知見に学ばなければいけないのです」(平野氏)


中央大学 国際情報学部長 平野 晋氏

ビジネスに有効な“think like a lawyer”の手法

文理融合の学問的な素養に加えて、今、多くのビジネスパーソンが身につけるべき能力として平野氏が挙げるのが『法的な考え方』だ。それはどのようなものなのか。

「そもそもなぜ法律が必要なのかといえば、個々人の権利を調整するためです。もしも社会にいるのが自分1人だけであれば、当然、誰に気兼ねすることなく、自分の権利を極大化することが可能ですが、2人以上になるとさまざまな場面で互いの権利がぶつかる可能性がある。そうした衝突を解決する手段のひとつが法律です」(平野氏)

これまでは、そのような状況が発生したときに、専門的な知見を持った法律家が対応していればこと足りたが、これからは同様の考え方ではビジネスでのリスクが高くなる、と平野氏は指摘する。

「情報化社会が進めば、データやコンテンツの利活用が活発になり、権利関係も複雑になってくる。複雑になるということは、裏を返せば、トラブルの原因がさまざまな形で生じてくるということです。そうなると、企業はどのようなケースがトラブルとなるのかといった程度のことは、知っておくべきでしょう。もちろん、高度な問題への対応や、実際にトラブルが発生したときの処理はプロの法律家に任せることになりますが、あらゆるビジネス活動の入口でリスクを下げる施策として、予防法務が求められるようになると思います。そこで重要になる能力が、争点の有無を見出せる直感力です。

アメリカのロースクールのどの教本にも書いてあるのは“think like a lawyer”、つまり法律家らしく考えよ、という思考力です。現役のビジネスパーソンがいますぐにでもできることは第一に、何かしらの事象に対して『ここが問題かもしれない』と考える、いわば争点発見能力を養うことでしょう。この力があれば、たとえば、新聞で報じられた社会的事象に対して『この施策は一部の人を排除し、権利侵害になるのでは』『このような前提でビジネスを進めるのはおかしいのではないか』といった具合に考えることができます」(平野氏)

重要なことは、「何をやってはいけないのか」を知ること

では、法的思考力とは、どのようにすれば身につくのだろうか。平野氏は「帰納法」と「演繹法」のふたつのアプローチを意識することが有効だという。

まず「帰納法」とは、いくつかの事例の中から「ルール」を見いだすこと。わかりやすい例でいうと、カブトムシ、クワガタ、ゴキブリの共通点は6本脚であることから、「6本の脚を持つ=昆虫である」というルールが成り立つ。そのルールに従えば、8本脚のクモは、同じ仲間のように見えても昆虫ではない。一方「演繹法」では、6本脚の生き物を見つけたら、「6本脚=昆虫」というルールを適用し「これは昆虫である」と判断する。このように、複数の事例から一定のルールを抽出し、それを次の事象に適用するというものの見方は、多くのビジネスで活用できるはずだと平野氏は話す。

最後に平野氏は、こうつけ加えた。

「これからは、『これを使えば何かができる』という可能性だけを追求するのではなく、法的・倫理的側面から『これは確かにできるけれど、やってはいけないことだ』と判断する責任や責務が求められます。つまり、“Possibility”と“Responsibility”の両面がとても大切だということです。たとえ合法でも社会的に許されないことは必ずあります。特に倫理的な歯止めがないと、ビジネスだけでなく、プライベートでも後々大きな問題を引き起こしかねません。社会的に何が許され、何が許されていないのかという規範感を、多くの社会的事象の中から発見していき、かつ目の前の事象にあてはめて適切な判断を下してほしいと思います」(平野氏)

効率と利便性の向上を掲げ、テクノロジーはこれからもさらに進歩を続けていくだろう。しかし、技術の進歩だけでは、幸福な未来が保証されるとは限らない。法律・倫理をバックボーンに、新しいテクノロジーの開発や利活用を進めようという中央大学 国際情報学部の人材育成の考え方が、これからはスタンダードなものになっていくのかもしれない。

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プロフィール

中央大学 国際情報学部長 国際情報学部教授 米国弁護士(NY州) 博士(総合政策) 平野 晋氏

1984年中央大学法学部法律学科卒業、1990年コーネル大学(法科)大学院修了、1991年NY州弁護士登録、2000年(株)NTTドコモ法務室長、2004年中央大学教授、2007年博士(総合政策)。2018 年よりOECD(経済協力開発機構)「AI専門家会合」構成員。

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